16日目 最初の課題
「先生、私、どうしたらいいと思う?」
転倒をした日からリハビリをしながら本当の意味でコミュニケーションをとるようになった。会話の内容が変わったのだ。
病気のこと、これからのこと、自分の気持ち、およそ病気になった患者さんが感じるであろう不安を赤裸々に話すようになった。
「どうしたらというのは、何についてですか?」
「そりゃあ、いろいろだよ。」
白石さんは不安になると声のトーンが高くなる。
俺は声が高くなるのを確認しながら
「また、何かに悩んでるんですね」
「流石先生、実は学校にまた通えるのかなって思って。もう走れないのは・・・・頭では理解できたんだけど、これから学校に行けるのかなとか思ったり、でも走れないなら学校行く意味ないし」
白石さんは大学でも陸上をしているほど走るのが好きらしい。走るのが好きな人に対してこの病気は苦しい、病気が進行すれば走ることはおろか、歩くこともままならなくなり車いすの生活になる。
「白石さんは大学、楽しいですか?」
「んー、どうだろ。陸上をしたくて行っただけだし、でもいざ通えないってなると寂しさはあるかな、ほら、まだ花の二十代だし」
「そうですね、真面目なお話をすれば、手が治れば歩行補助具を使えば安全に歩けます。」
今の病気の状態であれば何も持たなければこけるリスクが高く、とてもではないが歩行は推奨できない。だが、それで話を終わらしてしまうのであれば俺たちリハビリのセラピストは必要ない。
歩くという目的を達成するために、歩行補助具というものがある。一番よく知っているであろう道具が、杖だ。杖は歩行補助具の典型的な例だ、あれは別に高齢者だけが使うものではない。例えば目の悪い方は白い杖を持っているし、脊髄損傷の人はロフストランド杖と呼ばれる一般的なものとは少し形が違うものもある。
脊髄小脳変性症の白石さんには杖は先のことも考えるとあまりお勧めできない、手が震えて杖の付く位置をうまく設定できないからというのが理由の一つだ。だから第一選択で選ぶなら歩行器と呼ばれる車輪がついた歩行補助具なのだが、ここで生活や環境の問題が出てくる。
「私、前見してもらった歩行器って・・・嫌だよ!あれ、可愛くないしあんなの持ってたら街中歩けないよ」
そう、病院の中で一度今後のことも含めて歩行補助具の説明をしたことがあった。その時は使うとかそういう話にしていなかったのだが
「そう、ですよね」
「先生、あれ以外で何かない?」
不安そうな顔で見つめる。患者さんにそんな顔させるのはセラピストとして半人前の証だな・・・
「ちょっと考えてみます」
「ありがと、先生!」
「いえいえ、こういうことを考えるのが私たちの仕事ですから」
白石さんについて最も難しいのは病気の症状でも、不安定な心理状態でもない。それは若さとそれに伴う羞恥心だ。
例えば、ご高齢の方であれば歩行器の提案は通りやすい、周囲の目を気にしない、もしくは気になってもそれしか選択肢がないと判断するからだ。もちろん、羞恥心や拒否感を示す人もいるが説得の余地はあるし、それを説得するもの仕事だと思ってる。
だが、若い人だとその説得というハードルが高くなるし、工夫を求められる。例えば杖をつかないといけない状況になったとしよう、そこで普通の杖だと拒絶してそんなものをつくぐらいなら歩かないとまで心を決めた人が、オシャレな杖や芸能人が杖をついてドラマなんかに出たとしよう、そのあとから急に杖をつくことに抵抗がなくなるなんてことはある話だ。
歩行器を工夫するのか、別の手段を考えるのか、どちらにせよ悩むことになりそうだ・・・
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