15日目 激情の理由
「白石さん、今回の骨折とMSA-Cという病気は全く別物ということはご存知ですか?」
俺のあまりに当たり前な言葉に対して白石さんは訝しげに言葉を返す。
「そんなの分かってるに決まってるよ!馬鹿にしてるの?」
「そうですよね、失礼しました。」
誤解を解く、これ自体は何ら難しくない。事実をそのまま伝えればいいから、非常に簡単だ、淡々と教科書を読むように言えばいい。
だが、つたえる相手がいてそれが患者さんで、尚且つ精神的に余裕がなく、混乱している状況であれば話は変わってくる。いや、誤解を解くだけなら問題ないのだがそこに、「関係性を崩さず」という条件が付くと大きく変わる。得意げに、マウントを取りながら説明なんてした日には関係悪化どころかリハビリ拒否、担当替えの要望や転院まで考えられる。
「白石さんはご自身の病気についてどこまで聞いてますか?」
「え、どこまでって」
さっきまでの怒りの感情はどこに行ったのか、今度は急に不安そうな顔をしている。
怒るときは基本的に何かを隠そうとしているときだ、例えば自分の劣等感、他人に劣っていると認めたくないから怒ることで他社を屈服させて優越感に浸ろうとする。それが白石さんの場合は不安感だ、不安なのを隠すために声を荒げて怒るのだ。
だが基本は不安なのだ、だったら考えることは何が不安なのかだ。この状況下だと考えられる理由は多くない、可能性が最も高いのは自分の病気だ。
「ネットで調べました。でも見ているうちにどんどん怖くなって、それで居ても立っても居られなくなって!
先生が骨がよくなったって言ったから私、自分の病気も良くなったって思い込んで、気が付いてたら部屋から出てて・・・ほんとは八つ当たりだって分かってるんです。でも、誰にも不安だって言えないし、もう私どうすればいいの・・・
先生ごめんなさい。」
堰を切ったように感情と一緒に言葉が出る。
「謝らなくていいですよ、白石さん、いつでもお話は聞きますよ、どんなことでも言ってもらって構いません。前にも言ったかもしれませんが慣れてますので、それよりも溜め込んで無茶をする方が心配します、どうか爆発する前に誰かに話して下さい。もちろん、僕に話ずらいことがあれば看護師さんにでもいいです、不安なのは当たり前なことですから」
「先生・・・」
「ゆっくりでいいですよ、今日はもう他の患者さんのリハビリ終わりましたから時間はありますよ」
普段だったら言わない言葉。
常に決められた時間に間に合うように話を持って行った。だが今日は違った、いや、これが患者さんに向き合うということなのかもしれない。
もちろん、時間通りに進めるのが一番いいが、だが時間を気にして話を持っていくのは本当に患者さんに向き合っていなかったのかもしれない。
偉そうに京極に指導したが、俺自身が一番ダメだったのかもな。こういう時はこうする、そんな理屈ばかり並べて・・・
「先生?」
「え、ああ、うん」
「先生話聞いてくれるって言ったそばからそれじゃダメじゃんっ!」
白石さんは笑って言った。
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