5日目 予感
次の日、白石さんのリハビリの時に歩行時にふらつく原因に考えられる評価を一通り行ってみた。
例えば鼻指鼻試験と呼ばれるものがある、これは名前の通り自分の鼻をさわりそのあとにセラピストの指を人差し指で触る試験だ。何も問題なければさらっとできるが病気であればこれが難しい。
「あれ?なんでだろう、今日は調子悪いのかな?」
最初は白石さんの反応はそんな感じだったが、次第に
「ズレる。これ先生なんかの病気なんですか?」
と反応が変わっていった。それも当然と言ったらそうなんだが、検査の内容自体は基本的に簡単なものだ、簡単なものだからこそこっちが何を見ているのかもわかりやすい
検査が全部できなかったわけではなくて中には問題ないものもあったがやはりうまくいかなかったものが印象に残るものだ。
「今の段階では何とも言えませんが、おそらくこれがふらついたりする原因かもしれませんね」
「これ治りますか?」
「まだ、なんとも言えません。いろいろと検査して考えてみますね」
そうだ、医療職におけるタブーというか禁止用語がある。それは患者さんに「治る」ということだ。まず、治るかどうか分からない時にその場しのぎの出まかせでいうのは最悪だ、一番悪い状況になれば訴えられることも考えれらる。
次に今よりは確実に良くなっても完治しない場合、これもアウトだ。なぜか、それは患者さんの「治る」と医療職の「治る」に相違がある場合が考えられるからだ。例えば脳梗塞になって麻痺が出たとしよう、最初は全く歩けなかったがリハビリをする中で杖をつきながらなんとか歩けれるレベルまでなった。医療職から見れば十分の成果だったとしても患者さんは全く前と同じ状態になると思ってた場合、これも下手したら訴えられることがある。
そう、つまり「治る」にもいろいろある以上、簡単に口にしてはいけないし、なんなら今の状況だと下手に希望を持たすわけには行かない。
「では今日のリハビリはここまでですね、最近寒くなってきたのであったかくして寝てくださいね」
「・・・・先生ありがとう」
返事をするときにはうつむいて暗い顔をしていた。
これは・・・わかりやすく落ち込んでるな
「白石さん、大丈夫ですか?」
「・・・・」
変な気休めをここでいうのは経験上いい手とは言えない、かと言って確信が持てない以上踏み入った話も言えない、となればとれる手は一つ!
白石さんがベッドに座ったのを見計らって俺は近くにある丸椅子に腰かける。
「白石さん、好きな食べ物はありますか?」
そう、露骨に話を逸らすことだ。露骨すぎて逆に反発を食らうと思うだろ?実際はそうじゃない、白石さんのようなタイプであれば多分問題ないし、なんならこっちの話を変える意図にも気が付くかもしれない
でも、それでいい。患者さんは慰めてほしいわけじゃない、何か言葉をかけてほしいわけじゃないんだ、それを俺たちには求めていない、だからと言ってさっきのような流れでリハビリを終えてしまうと患者さん自身が気を遣うかもしれない。繊細な人だと「先生に悪いから」と言って一日リハビリを休まれる人もいる。
話す内容は何でもいい、目的は何かを話すことなのだ。
「へ?えーと、フィナンシェって知ってます?」
「フィナンシェ・・・?えーと、最近の若い子が好きなお菓子か何かですか?」
おい、まて、振ったわいいが全くわからん単語が出たぞ。
「最近の若い子って、ふふ、先生も若いじゃないですか、先生って何歳なんですか?」
「僕は、25歳になりましたね。もうアラサーの仲間入りを果たしました」
「ふふ、アラサーっていうには若すぎますよ」
そこから少し雑談をして部屋を後にした。
多職種合同の会議に少し遅れて怒られたが、その程度で笑顔引き出せたなら安いものだ。
いや、怒られたのはほんとは嫌だけど
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