ナナエのオリンピック

 絆を付けて走っているオレ達は、ナナエにとっても最高のトレーニングパートナーとなっている。ナナエはこんな事を言ってきた。

 

「ケンタとナツ、二人で走ってるって思えない。凄いシンクロしてて綺麗。これってケンタがナツに合わせてるんでしょ?

 不思議で仕方ないよ。ケンタは見えてないんだよね。ケンタが合わせて、合わせながらリードしてくれるから、ナツの走りもどんどん良くなってく。

 それに合わせるように私の走りもすごく良くなっていく感じがする」と。


「見えてないけど見えてるんだ。ナツの動きははっきり分かる。ナナエの動きは見えないけど、そう言ってもらえると嬉しいよ。オレがナツとナナエの能力をもっともっと引き出してやるから」

 オレ達はお互いを高め合えている。それが嬉しかった。


 ナツもナナエもグングンと調子を上げる中、遂にオリンピックが開幕した。

 1500m 女子の予選で三名の日本選手のうち、ナツともう一人が準決勝に進出。

 二日後の準決勝で、何とナナエが日本新記録を樹立し、二人共決勝進出を果たした。高校生のナナエが日本新を出した事と、この種目で日本選手が二人も決勝を走るのは初めての事で、メディアでも大きく取り上げられた。


 決勝は日本時間の21時50分にスタートだったが、オレは疾風学園の寮に行って仲間たちと一緒にテレビ観戦する事にした。

 寮の食堂に入ると、既に大勢の人達の熱気がムンムンと漂っている。食堂の大画面のテレビを前に、現在繰り広げられている陸上競技を見ながら歓声が上がったり、ため息が漏れたりと賑やかだ。


 ナツがオレに気づいて、テレビが一番よく見える席に案内してくれた。部員達はナツとオレが特等席で観れる配慮をしてくれていた。


 ナナエの出番が迫ってくると、テレビ画面とは関係なく、ナナエを話題にしたお喋りが多くなる。

 食堂にも緊張感が高まってきているのを感じる。ナツもソワソワしているし、オレもナナエがどんな表情で出てくるのかドキドキしてきた。


「さあ、いよいよ女子1500m の決勝が始まります」

 アナウンサーの声にどよめきと拍手が起こる。オレはナツの解説付きで観戦だ。


「一人一人選手が紹介されて、スタートラインに並んでいくよ。

 ナナエが出てきた。ナナエが紹介されてる。すっごくいい顔してる。きっといいレースが出来ると思う。


 最初っから凄いハイペース。日本のレースと全然違う。ナナエはしっかりくらいついてるよ。


 あと半分。ペースちょっと落ちたのかな。ナナエ前方に上がっていってる。凄い!

 うわー、揺さぶりの掛け合い。ナナエ耐えろー! 八人の先頭集団に残ってる!


 あと一周! これ、また日本新更新出来るペースだよ。今、五番。

 ナナエ、頑張れ! いけ! いけ! あと少し! いけ!」

 涙声になってナツは叫んでいた。


「よし!‥‥‥ケンタ、ナナエが五位でゴールしたよ! 凄いよ〜!

 ほら、ちゃんとゴールラインに向き直って、おぎきして、すっごくいい笑顔で手を振ってるよ!」


「ななちゃん、おめでとう〜!」

「ナナエ先輩カッコいい〜!」

 皆で拍手を送り続けた。


 これまでの日本選手のオリンピック最高順位は八位だった。ナナエはそれを超え、準決勝で出した日本記録をまた一秒更新した。


 オレはナナエの快走を喜ぶと同時にナツの事が心配になった。

 ギリギリの所で出場を逃したオリンピックをどんな気持ちで観て、今どんな気持ちでいるんだろう? 


 ナナエはナツの親友ではあるけれど、中学の時からのライバルでもある。負けず嫌いの塊のようなナツはこのレースを観る事が出来ないんじゃないかと正直思っていた。

 オレが夜遅くにわざわざやってきたのは、勿論ナナエの応援をみんなと一緒にやりたいって気持ちもあったけれど、ナツの事が心配だったっていう方が大きい。

 ナナエの事をあんなに必死に応援して、快走を心から喜んでいるナツ。

 だけどナツは泣いている。その涙が複雑な涙だって事ははっきりと分かる。


「ナツ、大丈夫か?」

 オレは隣に座っているナツの耳元に小さく問い掛けた。

「うん」

 ナツがにっこり笑ったように感じた。


「ケンタ、ありがとう。私には最後の全中に怪我で出場出来なかった経験があるから。

 前に話したよね。あの時逃げないでナナエのレースをちゃんと見たから今の自分がある。だから今回も逃げないでちゃんと見ようって決めてた。ずっと一緒に頑張ってきたから心から応援したいって思ったし。

 でもね、ナナエと一緒にこの場で勝負したかったって気持ちはすっごく大きくて。やっぱり悔しいよね。あの時、中学校の先生に言われた。

『どうしようもない悔しさは人を強くする事が出来る』って。私、またこれで一つ強くなれると思うの。

 四年後に向けてもそうだけど、ケンタが凄いチャンスをくれたから、落ち込んでる暇なんて無かったし。

 今日もケンタが来てくれたから、強い心で観れたんだよ。

 でもさ、ケンタだって‥‥‥

 本当だったら、オリンピック‥‥‥」

 ナツが急に悲しそうな顔になった。


「オレは大丈夫だよ。オレは男だから、ナツよりずっと大丈夫だよ」


 そう言うオレに、ナツは悪戯っぽい顔を向けてきた。

「やっぱり男って得だね。でもケンタは男だからそんな風に言うんでしょ? 男って辛いね」


 なぜだかよく分からなかったが、ナツはケラケラと笑い出した。



「ありがとうございました!」

 今、アメリカにいるナナエの声がテレビの中から聞こえてきた。


「本当に辛い時期が長く長くあったんですけど、家族とか疾風学園の仲間が支えてくれて、一緒に頑張って、ここまで来る事が出来ました。

 今日はそんなみんなの力が集まって、最高の走りが出来ました。ありがとう!

 一ヶ月後のパラリンピックでも、一緒に頑張ってきた疾風学園の仲間が走ります。また応援よろしくお願いします!」


 皆の拍手が一段と大きくなった。

 ナナエ、おめでとう。そしてありがとう。

 次はオレ達の番だ。

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