絆で結ばれたオレ達

 オリンピックまであと一ヶ月。パラリンピックまであと二ヶ月だ。

 オレはコーチに伴走者の事を熱く願い出て、とりあえず二人の走りを見てもらった。

 オレ達の走りを見てコーチは驚き、女子中距離班に混ざってオレも一緒に練習させてもらえるようになった。


 時を待たずして、パラリンピックでの伴走者は聡さんからナツに代わる事が決定した。


 オレ達の走りを見た聡さんは納得してくれた。オレが疾風学園に入った時に聡さんが伴走者を引き受けてくれて、ここまで来る事が出来たのも聡さんが居てくれたからだ。

 ここに来て伴走者を変えてほしいなんて、勝手極まりない事だという気持ちは強いけれど、聡さんへの感謝の気持ちを忘れず、より良い走りをする為に改めて気を引き締めた。


「オレの役割はここまでだな。ケンタと一緒にやってきて、楽しかったし沢山の事を学んだ。二人の走りを見たらこれはもう仕方ないって潔く思うよ。応援してるからさ」

 聡さんは最後も優しい言葉を掛けてくれた。


 ナツの足首も試合で悪化する事なく回復が進み、練習を積めるようになってきた。

 オレはナツと絆を付けてトレーニングしている。ナツが隣にいれば、まるで山の中を走っているようにいくらでも速く走れる。

 どれだけ速く走れるかはナツ次第だ。ナツにはそれが分かっているから懸命にトレーニングを積んでいる。オリンピックには出られなくても、日本新記録で走れる走力をつけようとしている。

 それはすなわちパラリンピックでのオレ達の世界新記録だ。


 ナツは二人分の走るラインを確保しながら、オレの目となって走ってくれている。ナツの息遣い、絆を通して伝わってくる物。

 小六の時、ナツに初めて出逢った時から彼女の事をずっと思い続けてきたけれど、こんなに間近に、こんなに本気なナツを、こんなに全身で感じているのは初めてだ。

 ナツの心が伝わってくる。小六の頃と変わらず負けず嫌いで、真っ直ぐなヤツだ。普通じゃない頑張りが出来るヤツだ。そんな健気なナツが愛おしくて堪らない。

 

 オレはナツを全身で感じながら、動きを合わせて、彼女の能力を最大限に引き出せるように走る。

 ここまで鍛錬を積んできている選手が更に能力を引き上げる為には大きな苦痛を伴う。ナツの苦痛はオレの苦痛でもあるけれど、その苦痛の先にある物をオレ達は求めている。オレにもナツにも一切の妥協はない。

 

 あと何日、こんな風にナツを感じ続ける事が出来るのだろうか。

 パラリンピックの1500m決勝のその日が、オレの地上での総決算の日。その日に向かってカウントダウンが進んでいる。


 そんなオレの気持ちなど分かっていないかのように、ナツはいつもあっけらかんとしている。

「一人で走るよりずっと走りやすい。ペースメーカーとしてケンタは最高だよ」

 苦しい練習をこなしながらナツはいつも嬉しそうだ。


 だけどある時、ナツはこんな事を言ってきた。


「ケンタが約束通り疾風学園に入学して、しかも陸上部に入ったでしょ。ケンタの走る姿を見て、あの時私、嬉しくて泣いちゃった。心から良かったなって思った。

 だけど同じ陸上部で練習しながら、辛い思いもずっと持ってた。ケンタは普通の人じゃ絶対出来ない凄い事をやってて、一見楽しそうにやってるように見えた。

 でも、私が知っている怪我をする前のケンタの走りとは違った。それは当たり前の事だし、比べちゃいけないって思うんだけど、あんなに楽しそうに走っていたケンタがどうしても浮かんできちゃって、辛かったの。やっぱりケンタは取り返しのつかない怪我をしちゃったんだなって。

 それがさ。今はあの頃の、怪我をする前のケンタなんだよね。凄く楽しそうで。

 今、私はそんなケンタに負けたくない。そう思うと、どんどん楽しくなってくる。そしてどんどん速く走れるようになっていく」


 またある時はこんな事を言ってきた。


「私さ。男に生まれたかったって真剣に思ってた時があったんだよね。小六の時、ケンタに抜かれて悔しがってる時に色んな人に『相手は男子だから仕方ない』って言われて。

 どんなに頑張っても女子は男子に勝てないって分かって、女として生まれてきた事を恨んでた。

 その時、母さんに『女の子にしか出来ない事がそのうち分かる』って言われてね。

 ケンタも私に『伴走者になってくれ』って言ってきた時、言ったよね。

『男には出来ない事だ』って。『ナツ以外には出来ない事だ』って。

 今、私は女に生まれて良かったって心から思ってるんだ。だって私がもし男だったら、こんな風にケンタの伴走は出来なかったわけでしょ? まあ、ケンタが私の伴走をしてくれてるとしか思えないけど、私は今凄く幸せで充実してるんだ。ケンタ、ありがとう!」って。


 おいおい、ナツ。よくそんな事、面と向かって言えるよな。オレはどんな顔すればいいんだよ。


 楽しい。走る事が純粋に楽しい。

 子ギツネのチャチャが初めて巣穴から顔を出し、駆け回っていた嬉しそうな姿。山犬のロンが山の中を駆け回る自由な姿。オレは彼らと一緒に自由に野山を駆け回った。この世に誕生した喜びの表現。

「オレは生きてるぞ」って。とてもシンプルな物。はオレにとってそういう物。

 ナツは「走る事は、止めどなく奥の深い物」だって言う。それはオレにはよく分からないけれど、ナツを見ていると、その奥深さが魅力なんだとも思う。


 小さい頃からずっと走る事が大好きだった者同士が、お互いを感じながら、同じ目標に向かって呼吸を合わせ、歩調を合わせ、進んでいくこの心地良さ。

 波長が合っている。弾けるような躍動感を伴いながら。これは走る事でしか感じられない快感。最高だぜ!

 

 

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