里山で

 小学校に上がる前にオレはじいちゃんと二人暮らしになった。


 仕事の関係で父ちゃんと母ちゃんは遠い所に行かなければならなくなった。

 父ちゃんと母ちゃんは何度もじいちゃんを説得したが、家族みんなで引っ越しをする事をじいちゃんは受け入れなかった。じいちゃんは山を離れる事なんて出来るはずがない。

 オレだってそうだ。


 じいちゃんと父ちゃん母ちゃんは三人で話し合いを重ねていたようだけど、オレは父ちゃんと大喧嘩をした。


「ケンタは一緒に来なさい」

 そう言われた。

「いくもんか。とうちゃんはいっつもしごとばっかり。オレのとうちゃんはじいちゃんだ。マタギをすてて、じいちゃんをすてて、オレをすてて。クマがこわいんだろ。とうちゃんのかおなんてもうみたくもない」

 泣きながら叫んでいた。


 両親が出て行って、オレはそれっきり両親との記憶を消し去ろうとした。実際、じいちゃんが死んじゃうまで一度も思い浮かべた事がなかった。



 小学校に入学すると、学校に通わないといけなくなったが、オレは学校に行かない日の方が多かった。学校より山の方がずっと楽しかったし、山の方が学校よりもずっと学びが多いと思っていた。

 

 学校で習うような最低限の事は全部、山でじいちゃんが教えてくれた。

 じいちゃんから強く言われていた事がある。


「山には沢山連れてってやるけれど、小学校は必ず卒業出来るようにしなきゃならんよ。卒業出来る最低限は学校に行く事。休んで足りない分はじいちゃんが教えてやるけど、じいちゃんが教えてやれるのは小学校で習う事までじゃ。中学校で習う事は教えてあげられんから、中学校はきちんと通いなさい。

 もう今はマタギという職業で食っていく事は出来ん。それでも山に関わる仕事は沢山ある。その為にも、学校に通う事は最低限必要な事なんじゃよ」と。


 山の奥深くはない所、村と山の中間のような里山という所でじいちゃんは色々と教えてくれた。

 学校の教科書を持っていって、景色のいい所で切り株に座って勉強もした。じいちゃんもあんまり勉強は得意じゃないみたいだったけど、一生懸命に教えてくれたからオレも頑張った。


 教科書を使っての勉強よりも、里山の探検はずっと楽しかった。小さな花の名前や木の名前、食べられる木の実とか薬になる葉っぱとかも教えてくれた。すぐには覚えられなかったけれど、楽しかったから自然と少しずつ覚えていった。


 里山には色んな野生動物が暮らしていた。動物の足跡を辿って、足跡のぬしを見つけるというゲームが大好きだった。


 雪が降ると、足跡はくっきりと残る。じいちゃんはその足跡が何の足跡か全部知っていたし、いつ頃ここを通ったのか、そこで何をしていたのか、その時どんな気持ちだったのかまで大体分かると言っていた。その生き物の気持ちが足跡に表れる事は多いらしい。

 なるほどよく見ていると、キツネがゆっくりと歩いている様子や楽しそうに踊っている様子、急いで小動物を捉えようとしている様子や立ち止まって考えている様子が浮かんできた。


「自分がその動物になりきって、自分ならここでどういう行動を取るか考えると、色んな事が見えてくるんじゃ」

 教科書を見ながら教えてくれる時とは違って、そんな事を教えてくれる時のじいちゃんはとっても嬉しそうだった。


 その動物の好きな物や嫌いな物、一日の行動などを沢山観察し、分からない事はじいちゃんに聞いた。そしてその動物の事をよく知っていくと、そいつの事を前よりもずっと大好きになったし、行動も読めるようになっていった。


 ある日、じいちゃんは言った。

「その追跡の延長に狩りがある」と。

 オレは胸が痛んだ。そいつの気持ちになって追いかけてきたのに、そいつをるなんて耐えられない。かけがえのない親友を自分の手によって無くしてしまう事がどうして出来るんだろう。


 じいちゃんは言った。

「山というのはそういう所じゃ。そうやって生き物達は死んでいっても、無くなる事はない。その命は、そいつを狩った物や新しい命へと繋がっていくんじゃ。

 マタギというのは、山や山の生き物達と繋がりを持っている唯一の人間なんじゃないかとじいちゃんは考えている」と。

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