キツネのチャチャ
里山では、じいちゃんに声が届く範囲なら一人で探索する事を許されていた。
小学二年生に上がる前の冬、オレはキツネの足跡をたどる事に夢中になっていた。そして雪解け前に、地面に掘ったキツネの巣穴を発見した。オレはじいちゃんには内緒にしていた。狩られたら大変だと思って、一人でちょくちょくその穴を観察していた。
春の温かな日差しが降り注ぎ、白と茶色しか無かった世界に、それ以外の色が現れ始めた頃、キツネに赤ちゃんが産まれたのではないかと感じた。オレがいつも跡をたどっていたキツネが、巣穴に入ると全然外に出てこなくなったからだ。
前にじいちゃんが「じいちゃんはお腹に赤ちゃんがいる動物や赤ちゃんを育てている動物を狩る事はしない」って言ってた事を思い出した。
それなら大丈夫だと思って、自分の発見を自慢げに話した。
じいちゃんは優しい顔を向けてくれた。
「そうか。よく見つけた。安心しろ。そのキツネの家族にはケンタの先生になってもらおう」
「え? 先生? オレ、キツネの先生なんてすげーうれしい!」
オレはその辺を飛び回って喜んだ。
「ケンタ、これからはその巣穴が少し見える離れた所に切り株を置いて、そこで勉強しよう。そうすればキツネの家族の様子が分かるかもしれん。子ギツネが巣から出てくる所を観れるかもしれん。キツネは警戒心が強いから、毎日知らん顔して座っていなければならんよ。ヘタをすると産んだ子供を食べてしまう可能性だってあるんじゃ」
ドキッとした。絶対ヘタをしない、と思った。
オレ達は毎日そこに来て切り株に座った。学校に行った日も帰ってからそこに連れていってもらった。
時々、あの母ギツネが外に出てくるのを見かけた。母ギツネはオレ達がいる事に気づいているようだったけど、オレ達はいつも知らん顔をしていたから、警戒しながらも普通に行動しているように見えた。
新緑が眩しくなってきた頃、あの母ギツネが出てきた後に、穴の所にモゴモゴと動く塊が見えた。
オレは声を立てるのをこらえて、じいちゃんの肩を叩き、その塊をじっと見た。
コロコロとした茶色い塊がピョンピョンと飛び跳ねる。
また一つ、また一つと穴から出てきて全部で五匹の子ギツネが外に出た。
一匹だけ、他の四匹とは少し色が違う奴がいた。茶色の色が濃くて、焦げ茶っぽい。みんな本当にちっちゃい子犬みたいだ。あの焦げ茶っぽいのは子熊のようにも見える。
そいつをじっと見ていると、一瞬目が合ったように思った。そしたらそいつが少しだけこっちの方に近づいてきた。
母ギツネが慌ててそいつをくわえて引き戻した。
「あいつ、可愛いね。子熊みたいだからクマって名付けていい?」
オレがそう言うとじいちゃんは首を横に振った。
「本当の熊と間違えるからダメじゃ」
「それなら凄く茶色いからチャチャにしようよ」
「キツネらしくない名前じゃのう。まあ、いいか」
その子ギツネの名前はチャチャになった。
来る日も来る日も、チャチャはこっちに来たがり、その度に母親に連れ戻されていた。
オレ達が何もしないので、そのうちに母親の警戒心も少しずつ薄れていったようだ。
オレ達は毎日少しずつ切り株を巣穴の方に近づけていって、キツネの家族を観察した。
一週間が過ぎた頃、キツネの家族が駆け回って遊んでいる様子を観ながら、オレもそれに合わせるよう自分の周りを駆け回ってみた。
チャチャが少しづつこっちに来るのに合わせて、オレも少しずつチャチャに近づいていった。そしていつの間にかオレとチャチャは一緒になって駆け回っていた。
それを見て、じいちゃんはたまげていた。母ギツネもたまげていたに違いない。
「ケンタ、お前は何て子だ。そんな事の出来る人間を見た事がねえ。それにお前の走る能力は大したもんじゃ」
じいちゃんの所に戻った時にそう言われた。
「こんなに楽しい思いをしたのは初めてだよ」
オレは最高の笑顔を向けていたに違いない。
キツネの家族は本当にオレの先生だった。自然の中で生きるって事がどういう事か、沢山教わったように思う。
そして毎日毎日、オレはチャチャと一緒になって走る事で、走る能力がどんどん上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます