ハルトさんとの話

「何でナツが今、苦しんでるなんて分かるんだよ。どうせ連絡取り合ってるんだろ。ラインとかいうやつで。

 それに、ナツがいつも付けているあのネックレス。どうせあんたがあげたんだろ」

 

 ハルトさんの言葉は無茶苦茶心に響いているのに、いや響き過ぎているから反発したくなったのだろう。こんな口の利き方になってしまった。なのにハルトさんは冷静に答えてくる。


「あのネックレスは、ななちゃんに貰ったって言ってたよ。

 二人がフォッリアに初めて来てくれた日、ナツは可愛い服を持ってないから、服は全部ななちゃんに借りたんだって。その後『あのネックレスにはフォッリアのお店、ルイさん、ハルトくんと出逢えた素敵な力を感じるから大切にしてる』って言ってたよ。

 ケンタがあのネックレスから僕を感じるのは、僕とも無縁じゃないからなんじゃないかな。

 初めて会ったのは去年の夏だったな。

 ナツはケンタの事と僕に対する気持ちを話してくれた。ケンタとは約束があるけど、約束の場所で会えるまでは連絡が取れないし、本当にそこで会えるかどうかも分からないって言ってた。

 それじゃ何だか可愛そうな気がして、オレの方からラインを通して連絡を取り合えるようにしたんだ。

 でもナツの方から連絡が来たのは、入学式でケンタに会えた時の、あの喜びいっぱいのメッセージだけだよ。

 去年も今年もクリスマスイヴには僕の方からメッセージを送ったけど。一月三日にフォッリアに来れるかって。ナツから来るのは簡単な返信だけだよ。でも今年は『ケンタが行けないから私もやめておきます』って。

 細かい事は全然分からないけど、遠く離れていても何となくナツの気持ちの色が見えたり、こんな短い文の中にも僕はナツの心を見てしまうんだ」


 この人はなんて人なんだろう。こんなに素敵な人がいるのに、ナツがオレを選ぶとは思えない。

「もしも今、ナツの本当に好きな人がオレじゃなくて、ハルトさんだったらどうするんですか?」

「そしたら、オレはナツを全力で守ってやるに決まってるだろ」


 カッコいいと思った。たった四歳しか違わないのにハルトさんは大人だなって思った。 

 じいちゃんとは全然違うけど、こんな風にオレを叱ってくれるのはじいちゃんだけだった。

 

 それに、ハルトさんからはオレの事を障害者として哀れんでいる感じが全然しない。一人の男として、対等に見てくれている事がとても嬉しい。

 それでいて、失明しているオレをいつもさり気なく助けてくれる。オレがおしぼりを探していると、手渡すんじゃなくて、手が届く所にずらしてくれたり、何か躊躇しているとすっと手を差し伸べてくれる。

 オレもそんな風に出来るようになりたいなって思う。


「ハルトさんは凄いな。もし、オレがナツだったら、オレよりも絶対にハルトさんを選ぶと思う。オレを選ぶ理由なんてどこにあるのかな?」

 オレがそう言うと、ハルトさんはこう言った。

「ケンタは凄いよ。オレにはない物を持っている。人はみんな違うんだ。好きになる事に理屈なんかないだろ?」


 返す言葉が無かった。

 それから、ハルトさんの話の中でどうしても気になる事がもう一つあった。オレは思い切って聞いてみた。

「自分の親の事、話していいですか?」


 ハルトさんは優しく「話してごらん」と言ってくれた。

 オレは小学生に上がる前に父ちゃんと大喧嘩した事、失明して一番辛い時に見捨てられた事、オレだけじゃなくて母ちゃんをも置いて出ていった事を話した。そんな父ちゃんへの憎しみは大きくて、でもそれを封印している事も話した。

 両親の事を信じられなくなったハルトさんはどうやって感謝の気持ちを持てるようになったのかを知りたかった。


「なんだ。ケンタはお父さんを憎んでるって言ってるけど、本当は感謝の気持ちを持てるようになりたいんだね」

ハルトさんがそんな事を言ったので、慌てて首を振った。

「そうじゃない。‥‥‥と思う。本当に憎んでいるんだ」


ハルトさんは言った。

「いいよ。今は封印しててもいいと思うんだ。時が自然に解決してくれる事もある。ただ、僕は思うんだ。これはただの勘なんだけど。ケンタのお父さんはいつも近くで見守ってくれているような気がするだ」


 オレの中ではそんな簡単な物じゃない。

だけど、不思議でしょうがないんだけど、ハルトさんにそう言われると少しだけそんな気もした。


 ☆


 この日、オレの中で何かが変わったような気がした。早く山に行きたいと思った。

 クリスマスイヴの日にも、正月の三日間は山籠りしたいって思っていた。あの時はとにかく地上の現実から逃げ出したかった。逃げ出して山に癒されたかった。ナツ、ハルトさん、鬱陶しい糸の事は考えたくなかったし、一人になりたかった。

 でも今はあの時とは何か違う「山に行きたい」だ。

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