ハルトさんの話
ファミレスに入ると、既にハルトくんという人が座っているのが分かった。
一人で白い杖を突いてそこにやってきたオレを見ても、その人は別段驚いた風でもなく、いつもの優しい口調で迎えてくれた。
「突然に時間、作ってもらっちゃって悪いな。食って掛かるような事はしないから安心して。今日は僕が払うから好きな物を頼んで」
オレは従った方がいいと思ってホットのカプチーノを頼んだ。フォッリアで出してもらって初めて飲んだカプチーノがとても美味しかったからだ。
「何か、上手くいってない気がしてさ。僕が口出しするのは良くないって思ってたんだけど、このままだとみんなが苦しいだけだろうと思って。あ、みんなっていうのは、ケンタくんとナツと僕の三人。
悩んでるんだろ? 嫌なら無理にとは言わないけど、話してくれるかな?」
単刀直入というか、図星というか、いきなり本題にきてスパッと切り込まれたようで、かえって気持ち良かった。
なぜだか分からないけれど、オレが最近考えていた事が、口から素直に言葉となって出ていった。
ナツの事は見えているように感じる事が出来る事。感じ方は違うけど貴方も感じる事が出来る事。人間で見えるように感じるのはこの二人だけで、しかも二人を繋いでいる糸みたいな物まで感じてしまう事。
そんな事まで勝手に口から出ていってしまった。
「ナツの気持ちがオレには見えるから、オレはナツから離れた方がいいと思ってるんです」
そう言った時に、その人から強い言葉が返ってきた。
☆
ケンタ、お前、何様のつもりだ? ナツの気持ちがオレには見えるって、
僕はそんな偉そうな事を言える人間じゃないし、高校一年の君に言うべき事じゃないのかもしれない。だけど僕の思いを聞いてほしい。
マタギの世界がどういう世界なのかは分からないけれど、僕も小さい頃から他の人には見えてないような物が見える気がしてたんだ。
山とか森とかは普通にしか見えなかったけど、人の心は見える気がした。
誰にも言えなかったけど、多くの人は心と顔、心と言葉が一致してなくて、そんな人間っていう生き物に不信感を持ちながら歳を重ねていった。
僕が小学生の時、両親が離婚したんだ。二人共仲の良いそぶりを見せていたのに、突然の事にびっくりした。両親に幻滅し、益々人を信じられなくなった。
でもある時、気づいたんだ。僕が見ているその人の心は、僕というフィルターを通して見てるって事を。
確かに普通の人よりは、その人の本当の心に近いものを感じられていると思うけど、誰かの本当の心なんて分からない。本人でさえ自分の本当の心なんて分かりにくい物なんだ。
心と顔、心と言葉が一致しないのは、それがたとえ嘘だとしても、優しさの表れって事もある。人間の心は単純な物ではなくて、とっても複雑だ。
それに気づいてからは、人間っていう物が愛おしい物って思えるようになっていった。
両親にも色んな事情があった事を理解できたし、今では父さんと母さんに感謝しているし、連絡も普通にとってる。
僕は物覚えもいい方じゃないし、器用じゃないから、ウエイターをやってて失敗が多い。
でもお客さんの気持ちを感じとって、その時間を気持ち良く過ごしてもらうお手伝いが出来る事に喜びを感じてるんだ。
ナツがフォッリアに来た時も、ケンタが来た時も、他の人には見えない色みたいな物を感じた。
色っていうのとはちょっと違うんだけど、たぶんケンタが見ている物に近いような気がする。だから、この二人は特に大切にしたいって思ったんだ。
それから、ケンタはフォッリアの料理は何か温かい物が見える気がしたって言ってたけど、僕も同じように見えていた。
あの一年前にななちゃんの出来事があって、そこからルイさんが支配人や料理人にすごく真剣に働きかけて、今のアスリートフードが誕生したって聞いてる。
たぶん、ただ普通に作られた料理と違って、時間と手間を掛けて考えられて、本当に気持ちのこもった料理だから、そういうのが見えるんじゃないかなって思うんだ。
ケンタに見えてるナツの心、本当のナツの心だって自信を持って言えるか?
僕に見えてるナツの心は少し違うぞ。僕が見てるのが、ナツの本当の心だとは言えないけれど。
ナツは素直で真っ直ぐで、心の強い子だ。こっちが心にある事を隠さずに話せば、きちんと返してくれる。ケンタは自分が思っている事を隠さずにナツに話すべきなんじゃないかな。
今、ナツはケンタに対して一生幸せにしてほしいなんて思っているのかな?
ケンタがいるから僕の事を好きになれないなんて思っているのかな?
先の事なんて分からないだろ?
今、ナツは苦しんでるんじゃないのか?
今、必要な事は何だと思う?
今、ナツが本当に好きで、助けてほしいと思っている相手は誰だと思う?
ナツにちゃんと聞いてみろよ。
悔しいけど、それはきっと僕じゃないと思うんだ。
ケンタって答えが返ってきたら、彼女を全力で守ってやれよ。
それが男ってものじゃないのかな。
☆
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