鬱陶しい糸

「料理、気に入ってくれたかな?」

 ルイさんの質問はオレに向けられてると感じて「凄く美味しかったです」と答えた。


「あの、ちょっと不思議でした。オレ、全盲だから全く見えなくて、料理は見えた事なかったんです。今まで。

 でも今日の料理はかすかに見えた。あ、見えるわけじゃないんだけど見える気配がするっていうのかな。香りで分かるってのもあるんだけどそれだけじゃなくて。

 人の温もりを料理の中に感じる、みたいな。よく分かんないけど、見える感じがしてすごく食べやすかったんです」


 あの人の目を感じた。

「ルイさん、最っ高の褒め言葉、頂いちゃった気分ですね。凄いな。料理以外では見える物とかあるの?」


 きた。この人は鋭い。

「あ、オレ、マタギのじいちゃんに育てられて。小五まで、ほとんど山ん中で暮らしてたから、森とか山とか行くと結構見えるんです。今見える世界は、見えていた時よりずっと美しい。みんなにも見せてあげたくなるほど。

 でも地上は何か混乱している感じで、見るのが難しい。見えるのは‥‥‥」

 

 言いたかったけど、その先は言えなかった。ナツにさえ、まだ言えてない。

「見えるのは、見える感じがするのは木とかそういうもの」

 そう言って誤魔化した。


「すっごく不思議なんですけど」とナツが言ってきた。

「ケンタは見えてるんじゃないかって思う事が時々あるの。入学式の時だってケンタの方から私を見つけてくれたし。私の心の中まで見えてるんじゃないかと思う事もあるくらい」

「まあ、それは勘ってやつだと思うけど」

 オレは慌てて言った。冷や汗が出てきた。


「真っ暗闇じゃないんだね。想像するだけでも何かうっとりする。私もそんな森とか山の世界を見てみたい」

 ナナエが口を挟んでくれたので、少しホッとした。

 けど、今オレが見えてるのはそんな綺麗な世界じゃないんだぜ。ナツとハルトくんっていう人を結び付けている糸みたいな物が気になって仕方がないんだ。


 料理と飲み物が運ばれてきて、四人でお水で乾杯をした。


「インターハイ、お疲れさん。ま、結果は二人共残念だったと思うけど、まだまだこれからだしな。あ、それからハルトが何か乾杯したい事があるらしいんだ。な」

 ルイさんが話した後に、あの人が話し出した。


「ずっと、心からおめでとうと言いたかった事があるんだ。

 遅くなっちゃったけど、ケンタ君の疾風学園入学と陸上部入部、そしてケンタ君とナツが約束の場所で出会えた事、本当におめでとう。

 あの日、ナツがめちゃくちゃ嬉しそうなLINE入れてくれてさ。『本当にケンタが来ました! 私の事見つけてくれて、ハグしてくれて。しかも陸上部! ケンタもパラリンピック目指すって。私も負けないように頑張ります』って。笑顔満点のスタンプ付きで。

 それ見て僕も最高に嬉しかったよ。ほら、もう一度みんなグラス持って」


「かんぱ〜い!」


 これ、嬉しい所だろ? 祝ってもらえて、喜んでもらえて。

 だけど何でこいつにナツがそんな事連絡するんだよ。ラインって何だよ。スタンプって何だよ。この見える糸みたいなの、鬱陶うっとうしいんだよ。

 ちょっと引きつっていたかもしれないけど、オレは無理矢理笑顔を作って「ありがとうございます」とグラスを合わせた。


 四人はとても楽しそうで、オレだって実際凄く楽しかった。変な事が一つ引っかかっていた以外は。

 

 その人は帰り際に優しい声を掛けてくれた。

「応援してるよ」と。

 その後に二人が囁いた声がやけに大きく聞こえた。

「明日も来れるの?」

「分かりません。後でLINE入れます」


 ☆


「オレは明日も明後日も山に行きたいから一人で行ってくれ」

 ナツに聞かれてそう言った。

「そっか、ケンタが行かないなら私もやめとく。休みっていっても、出来る練習しとかなきゃ。ここから這い上がってみせるから」


 別れ際ナツがオレの手を握った。

「今日はありがと。楽しかったよ。山、気をつけてね。じゃ、また三日後に学校でね」


 その手はとても暖かかった。オレはいったい何に怯えているんだろう? 自分の小ささに情けなくなった。

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