ハルトくんとケンタと

「正直に話してくれてありがとう。嬉しいよ。そっか。ケンタくんもナツも大変だったんだね。ケンタくん、元気に頑張ってるといいな。

 僕はまだ大学生だし、ナツはまだ中学生だから、僕は何も出来ないよ。こうやってナツと話してるのは凄く楽しいけど、僕だって学校が始まったらその日その日の生活でいっぱいいっぱいになっちゃうと思うし。今はお互いに自分の事を精一杯やらなきゃな。

 あと、思うんだけどさ。その、ケンタくんと約束したって言ってたけど、それに縛られる必要はないんじゃないかな。

『待ってて』っていうのはどういう意味なのかな? 好きな人を作るなっていう意味じゃないんじゃないかな。わかんないよ。それは二人の会話だからさ。その時の気持ち、思い出してごらん。

 その、疾風学園にケンタ君が入学してくるかどうかは分からないけど、ナツは、彼が入ってきたとしても、入ってこなかったとしても、後悔しないように過ごしていけばいいんじゃないかな。

 待ってるって決めたなら、待っていたいなら、最後まで待ってやったら。変に縛られる事なく。

 だけどさ、彼が負ってしまった障害は障害として、ナツが責任をとらなきゃとか、そういう気持ちで待ってるとしたらやめた方がいいと思うんだ。そういうのって苦しいだろ。

 でもな〜。三年間全然連絡取れないなんて辛いよな〜。聞いてほしい事とか、言ってほしい事とかあるよね?

 僕でよかったら聞いてあげるよ。言ってほしい事を言ってあげられるかは分からないけど。無きゃ無いで全然構わないから、一応電話番号教えとこうか。LINEとかやってるならそれでもいいし」


 私は聞き入っていた。いつの間にか目を逸らさずに、ハルトくんの目をしっかり見ながら聞いていた。もう目を見る事は怖くなくなっていた。

 ハルト君は大人だなって思った。ハルト君はハルト君、ケンタはケンタだ。二人共、別に私の彼氏ってわけじゃない。


「ありがとうございます。こんな風に言ってもらえるなんて、やっぱりお話してよかったです。私はケンタをちゃんと待ちます。それから、電話はちょっと恥ずかしくてムリだと思うのでLINEで繋がれたら嬉しいなって」

 固い言い方しか出来ない自分が残念に思う。でも仕方がない。


 こうして私はめでたくハルトくんとLINE友達になれた。ナナエも「良かったね」と喜んでくれた。



 翌日から陸上部の練習が始まったが、私は怪我が治るまで走る事は出来ない。

 走れない事がこんなに辛いとは思ってもみなかった。グラウンドで汗を流している仲間達が羨ましい。せっかくあそこまで強くなれたのにまた私はみんなから遅れをとってしまう。

 仲間達の練習を横目に見ながらグラウンドの隅でコーチに指示された補強運動をこなしている時だった。


「いいか、ナツ。走れないのは辛いけれど、今出来るトレーニングに集中しろ。普段はサブトレーニング的にしかやっていない地道な補強運動をメインに集中して行う事で、更に強くなれるぞ。

 でも、ただこなしているだけじゃもったいない。走れるようになった時に、今やっている事がしっかりと繋がるように、一つ一つの動作をしっかりと走りのイメージの中に組み込んでやる事が大切なんだ。分かるか?」

 コーチが声を掛けてくれた。そして個人メニューを色々考えてくれて、体幹トレーニングとかプールでのトレーニングをやっていった。


 走る事は、今までずっと当たり前に出来る事のように思っていたけれど、そうじゃないって事に気づいた。

 コーチに言われた事を信じて、悔しさを紛らわすように、しっかりとイメージしながら今出来る事に没頭した。

 

 松葉杖が取れて、歩く事から少しずつジョグを入れていった。

 こんなにゆっくりとでも心が弾む。走る事がこんなに楽しいなんて、走る事が出来なくなって初めて思えたから、怪我も悪くなかったかなって思える。

 早く思い切り走りたい。そんな気持ちでいっぱいだった。


 でも、こうして走る事が以前よりずっと好きになったのに、怪我が治ってからも、他の所が痛くなったりして上手くいかない事が色々あった。

 でも私は腐らなかった。どんな時も、今出来る事を精一杯やっていく事で、きっとその先に繋がると思えるようになった。


 ナナエもまだまだ心と身体がチグハグになって中々思うようにはいかないようだ。それでも、二人で励まし合える事が嬉しかった。

 きっとケンタも頑張ってるから負けられない。ハルトくんにも恥ずかしくないようにしっかりやろう。そう思うといつも頑張れた。

 


 クリスマスイヴの日も普通に練習し、寮で普通に夕飯を食べた。あ、普通じゃなかった。ローストチキンと小さいけれど美味しいケーキが特別に出た。

「イヴなのに私達って不幸だよね〜」とか冗談を言いながらクリスマスの食事を楽しんだ。


 部屋に戻って携帯を見るとLINEが届いているマークがあった。あれ? ナナエが何か送ってくれたのかな? と思って開いてみた。


「え?」

 梶春斗⁉︎

 ハルトくんがサンタクロースの可愛いスタンプを送ってくれた!

「メリークリスマス!」

 メッセージも書かれている。

「ナツ、元気に頑張ってる? 僕は冬休みに入ってからまたフォッリアでびっしりバイト入れてもらってるから。一月三日、ななちゃんと来てくれたら嬉しいな。来れそうなら連絡入れてな」


 今までもらった中で一番嬉しいLINEだった。そして一月三日の15時から17時まで、四人でとびっきり楽しい時間を過ごす事が出来た。



 中学校で過ごす時間もどんどん短くなっていく。もうすぐ私達も高校生になる。

 ケンタは本当に疾風学園に入ってくるのかな? いくら頑張ったって、全く目の見えない人が普通の高校に通うなんて無理なんじゃないかな。だけどケンタなら出来ちゃうのかな。元気な姿のケンタを見たい。学校には入れなくても、せめて元気だって事だけでも分かればいい。

 そんな事を考えて、でももしかしたら私はそっちの方を望んでいるのかもしれないと、ふと思う。


 私は治る怪我だったから頑張れた。走る事が以前より好きになった。でもケンタの怪我は治らない。

 もう走れない状態なのに、もしもケンタが疾風学園に入ってきたら、私は耐えられるのかな?

 私よりもずっと走る事が好きで、才能に溢れていたケンタのそばで、私だけが陸上を頑張り続ける事が出来るのかな?


 私もケンタもきっと辛いと思う。

 もしもケンタが疾風学園に来なかったら、もう待たなくていいんだし、ハルトくんの事をちゃんと好きになれるとも思う。


 自分の気持ちがどこに向いているのか分からない。ケンタが来たら、私の気持ちはどうなっちゃうんだろう。それが怖かった。

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