ケンタ、高校生
高校入学
今日の入学式を桜も歓迎してくれてるんだな。満開で迎えてくれるなんてありがとう。ほのかな甘い香が暖かな春を感じさせてくれる。何だか人が多くて混乱しているけれど、オレがしっかりと感じられる物が少しあるだけで、ホッと出来るし、大丈夫だって思えるよ。
遂にここにやってくる事が出来た。
今、オレは疾風学園高等部のグラウンドに立っている。入学式が終わり、昼食を食べたら午後から部活が始まる。
オレはさっきから声を掛けるタイミングをずっと見計らっている。
何も見えないし、ここでは色んな物が複雑に混じり合っていて、感じる事が難しいのに、ナツがあそこにいる事だけははっきりと分かっている。
匂いがするとか音がするとかじゃなくて、見える、というのに近いのかもしれない。輪郭もなく、光でもないし色でもないのだけれど、真っ暗闇の中でナツがいる所にだけしっかりとした存在を感じる。
ナツは誰かと一緒にいる感じがして、声を掛けにくかったのだけど、時間もどんどん過ぎていくので、彼女に近づいて思い切って声を掛けてみた。
「ナツ」
振り向いた彼女は唖然とした顔をした。変わってないといえば変わってないけれど、子供から少女へと変身したように思う。あれからもう三年以上が経ったのだから当たり前か。
見えない、はずなのに、なぜか彼女の全てがはっきりと分かる。あの桜と同じように。他の人達はみんなボワンとしていて掴みどころがなくて、人がいる気配だけしかしないのに。
「もしかしてケンタ君?」
声を出したのはナツではなかった。
「うそ! えっ? ケンタ? ケンタなの? えっ? ケンタだ。ケンタだ。本当にケンタが来た!」
今度は以前と変わらないナツの声がしたかと思うと、急に抱きつかれた。
ナツはオレの胸に顔を付けて泣いていた。オレはナツの背中にそっと手を回した。
「待たせたな。オレ、頑張ったよ。ちょっと時間ある?」
ナツは胸に付けていた顔を上げて、オレの顔を見た。
「うん、どっか、座ろ。えーと、ちょっと離れた所に座れそうなタイヤがあるんだ。あそこでいっか」
ナツはそう言ってオレの手を取った。オレは白い杖を突いている。
この学校の事を覚える為に、どれだけここに通った事か。最初は母ちゃんに連れられて。ここの先生達も、オレが見えなくても一人で行動出来るように色々と協力してくれた。
本当はタイヤがある位置も分かっているし、一人でも行けるのだけど、ナツに手を引いてもらうのは悪い気がしない。
「ナツ、私、勝手にお昼食べて部活に行くから。初日から遅刻したらダメだからね」
ナツと一緒にいた子が気を効かせてくれたのだろう。足早に遠ざかっていく音がした。
歩きながら、ナツは一方的にオレに話し掛けてきた。
「ウソみたい。ケンタ、背、めっちゃ伸びたね。声も前と違うし。
制服のブレザー、凄く似合ってる。髪型、カッコいいね。短いのやっぱり似合う。黒のサングラス、何か一見ツッパリっていうか不良少年っていうか、よく分かんないけど、凄くカッコいいよ。背、私より小さくて、子供だったのに、ウソみたい。でもさ、そのタビ。タビ履いてるからやっぱりケンタだよ。履いてなかったら分かんない。あ、ごめん。何か、興奮しちゃって」
「ナツこそ、子供から素敵な少女に変身したみたいだ」
オレがそう言うと、彼女はちょっと不思議そうな顔をした。
オレは頑張ってここに来た甲斐があったなと思った。地面から半分顔を出しているタイヤが並んでいる所に行って、オレ達はそこに座って少し話をした。
ナツは少しソワソワしている。
「一時間後に部活が始まるんだ。お昼も食べなきゃいけないから、パンでも買ってこようかな。ケンタの予定は?」
「オレも一緒。オレ、実は陸上部に入れてもらったんだ」
「え?」
ナツが驚くのも当然だよな。目の見えないオレが、この疾風学園の陸上部だなんて。普通に考えたら有り得ない事だ。
オレの言葉が冗談だと思ったのか、ナツは話を切り替えた。
「ねえ、ケンタ。私達の座ってるタイヤのすぐそばに、小さなハハコグサが咲いてるの」
「うん。何かナツみたいに可愛い。教えてくれてありがとう。実はさっきから気になってたんだけど、ナツが教えてくれるのを待っていたんだ」
ナツはまた「え?」と声を出した。益々楽しくなってきた。これからもっともっと、ナツを驚かせてやるよ。
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