夏休み最終日

 夏休みは今日までだ。私はナナエと14時にお店で待ち合わせ、先にカプチーノを飲んでいた。今日は目立たない隅っこの四人席。ここならルイさんもハルトくんも、他の店員さんにそんなに気を使わなくてよさそうだ。

 

 ナナエと二人のうちに、少し気になっていた事を聞いてみた。

「ねえ、ナナエって彼氏とか好きな人とかいないの?」

「いるように見える?」

「見えないからさ。ずっと不思議に思ってた。ナナエはすごくモテるのに、そういう気配が無いから」


 ナナエは悪戯いたずらっぽく微笑んだ。

「作らないようにしてるの。彼氏も好きな人も。だって、そんな人が出来たら夢中になっちゃって、きっと陸上になんか身が入らなくなってやめちゃうと思うから。

 ナツは私と逆って感じがする。

 彼氏とか好きな人がいる方が、陸上も頑張れる感じだよね」


「へ〜、そんなもんなんだね。今は私は何があっても陸上はやめたくないな。ケンタと出逢ってから走る事がすごく楽しくなったから。

 それにさ、好きな人を作らないようにしているって言ったけど、作らないようにしてても、どうしても好きになっちゃう事とかないの?」


 ナナエが答える前にルイさんがやってきた。

「オレもハルトもこれで上がりだから。せっかくだからちょっと着替えてくるから、少し待ってて」

 そう言ってお店の裏の方に行った。

 さっきの話はそこで中断してしまった。

 

 先にルイさんが一人で現れた。カジュアルな紺色のズボンに白いTシャツが素敵だなと思った。兄弟揃って美男美女だ。

「あいつ、着替えるの遅くて。二人は何かもう一杯飲む?」

「んー。私はもうお水があればいいです」と私が言い、ナナエも「私も」と言った。

 ルイさんは店員さんを呼び、コーヒーを二つ頼んだ。

 

 すぐにハルト君が「お待たせしました」と言ってやってきた。ラフなジーンズに上は半袖の水色のシャツ。ウエイターの時と雰囲気が変わって、こっちの雰囲気もまた素敵だなと思った。

 私は三日間、ナナエが貸してくれた服を毎日洗濯して同じ格好でここに来ている。水色のシャツがハルト君とお揃いっぽくて嬉しくなる。


「シャツの袖、綺麗になって良かったね」

 ハルト君の言葉にナナエが反応する。

「あれ? 店員さんの時と話し方が違うんですね」

「あ、お客さんにはちゃんと敬語を使えってルイさんにいつも言われてるから。お店では緊張してるんだ」


「このシャツ、ナナエが貸してくれてるんです。ズボンも。私、ジャージばっかりで、可愛い服持ってないから。このネックレスもナナエがくれて。あ、服は毎日洗濯してます」

 何を言ってるんだろう。完全に舞い上がっている。三人は顔を合わせて笑っている。

 

 たわいもない楽しい会話で盛り上がり、あっと言う間に一時間程が過ぎてしまった。私がハルトくんにプライベートの事を何も聞かないものだから痺れを切らしたのだろう。ナナエがハルト君に質問した。

「ハルト君はここでのアルバイト、夏休みだけなんですか?」


「夏休みはびっしり入れてもらって、九月に大学が始まってからも土日は入れてもらうんだ。週にもう一日位、夜だけ出来たらいいなって思ってて」

「そうなんですか。また来たいけど、私達の陸上部って厳しくて、夏の大会が終わってからの三日間とお正月の三日間しか休みが無いんです。お兄ちゃん、お正月の三日間ってお店お休みなの?」

「一日と二日は休みだけど三日の日はやってるよ」


「じゃ、三日の日、私来ます。ハルトくん、冬休みもびっしりバイト入るんですよね?」

 私がいきなりそんな風に言うもんだからハルトくんは戸惑っていた。


「え? 冬休みの事なんてまだ分からないよ。まあ、入れたら入りたいけど、僕一人じゃ決められないし」

 そりゃそうだ。私は急に思った。言いたい事は、今、言わなきゃ、と。


「あの、今日話さないと、少なくてもお正月まで話せないから、ハルトくんに聞いてほしい事があって」


 ナナエが声を上げた。

「うわ! ナツって凄いストレート。そうだ、私もお兄ちゃんに聞いてほしい事があったんだった。ちょっとお兄ちゃん、あっちの席に二人で移っていいかな」

 そう言ってルイさんを引っ張ってさっさと席を移動してしまった。


 ナナエは気を利かせてくれた。私はハルトくんと二人きりになってドギマギした。


 ハルトくんの目、見るのが怖い。このお店に来て最初に目が合った時にそう思った。怖いっていうのは、彼が怖い目をしているっていう意味じゃなくて、その目に惹かれてしまう私の気持ちが怖いって事。

 ケンタのような強い目力を感じるっていうのとは違うし、ケンタと違って切れ長でもないし、特に特徴がある目ではない。でも、何か深いっていうのかな。ケンタとはまた違う美しさを感じる。


 ダメダメ。今はドギマギしている場合じゃない。時間は限られている。私はなるべくハルト君の目を見ないようにしながら、話したかった事を一気に話した。


 ケンタの事。彼氏じゃないけど高校で待ってる約束をした事、それまで会えないし連絡も取れない事。それなのにハルト君を好きになっちゃいそうな事。でも好きになってもこれから会えないし、たぶん明日からの練習が始まったらまた陸上だけに夢中になってしまうと思う事。だから何も出来ないから、どうしようもないけど、今の気持ちだけ聞いてほしかった事‥‥‥。


 ハルト君は真剣に聞いてくれて、笑ってる。

「ナツは本当に素直で正直な子なんだね」

 優しくそう言うと、今度はハルトくんの思いを一気に話してくれた。




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