ナツ、中学生
入学当初
ケンタが言ってくれた事が私に出来る唯一の事。そばにいたい気持ちを振り切って、私は疾風学園に入学した。陸上を頑張って、高校で彼と再会した時に恥ずかしくない自分を作っていこうと思った。
疾風学園の練習に参加して、私は唖然とした。全国にはこんなに沢山速く走れる人がいる事を知った。
ケンタには負けたけど、同じ学年の女子には負ける事はないと思っていたのに、この中に入ると私の走力は中位でしかない。二年生や三年生はもっと速くて、しかも私と同じ一年生の中に先輩達と互角に走れる子が一人いた。
私は「井の中の蛙」だったんだと思い知らされた。
一年生のうちは種目を絞らずに色んな練習をさせられるのだけど、何をやってもその子には勝てなかった。
その子の名前は
織田奈々恵は足が速いだけでなく、スタイルも抜群だし顔も可愛いい。色白で目がパッチリしていて、鼻もスッと高くてモデルさんみたいだ。長い髪をキュッと結び、走るとそのポニーテールがユサユサと揺れる。
女子っぽくていいなって思うけど、私はいつも手入れが楽なショートカット。髪の手入れに時間を費やすのは勿体ないと思う。それに走るのにも軽い方がいいに決まってる。私も目はクリッとしてるけど、色白じゃないし童顔だし田舎の子供って感じだろう。
その上彼女は性格も良さそうで「ななちゃん」と呼ばれてみんなの人気者だ。
ひねくれ者の私はひとりぼっち。ずるいと思う。神様は何て不公平なんだろう。悔しい。
入学して最初の頃は、ケンタが言っていた「楽しむ」って事を大切にしようって思っていた。ケンタと出会ってから「楽しむ」って事が少しだけ分かった気になっていた。
でも、織田奈々恵に出会って、そんな気持ちはどこかに飛んでってしまったようだ。彼女は走る事も他の事も楽しんでいるように見える。色んな才能に恵まれている。
同じようにやっていては彼女に勝てるはずはないと思った。私は彼女よりも一生懸命沢山練習して、走る事だけは絶対に負けないようになってやる。そう思った。
練習はきつかった。小学生の時に父さんとやっていた練習と内容や量が大きく変わったわけではない。変わったのは自分自身への追い込み方だった。
前は競争相手がいなかったから設定されたタイムを目標に走っていた。自分では追い込んでいたつもりでいたし、それはそれできつかったのだけど、今はいつも目の前に勝たなければならない相手がいる。
少しでも気を抜けば、みんなに抜かれてしまうし、織田奈々恵はずっと先を行っている。
私はいつも必死に食らい付いていった。メイン練習ではいつも倒れる位まで追い込んだ。「楽しむ」なんて余裕は無かった。
どうしたらもっと強くなれるのか。どうしたら勝てるのか。私の頭の中は常にその事で一杯だった。
「打倒! 織田奈々恵」
練習ノートの一頁目に大きく書いて、毎日毎日その言葉を書き続けた。
練習でも、普段の生活でも、コーチのいう事にきちんと従って、食べたい物も我慢した。
私は全ての事を勝つ為にやっている。そう思えば我慢する事も苦にはならなかった。
寮で私は孤立していた。ナナエを中心とした仲の良いメンバーはいつも楽しそうに過ごしていた。私は除け者にされていたわけではない。ナナエは優しくて、時々私にも声を掛けてくれる。
「今夜は私の部屋に集まってお茶会やるんだけど、ナツもよかったらどう?」
私がナナエの事を凄くライバル視しているのは分かっているはずなのに、向こうは何とも思っていないようで、益々腹立たしく感じる。自分の心の狭さに嫌気が刺す。
それでも私は私。
「ありがとう。でもそういうの、ちょっと苦手だからごめん」
いつも断ってしまう。
彼女がお茶を飲んでいる今が追いつけるチャンスだ。そう思って私は部屋で腹筋運動を繰り返していた。誰にも見られずコソ練出来る環境はありがたい。
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