ケンタの話 その2

 身体からだの方はもうだいぶいいんだ。もうすぐベッドから起き上がれるようになる。

 でも目がダメなんだ。はっきり言ってスゲー痛い。ものすごい熱を持った光の針で突き刺されてるみたいな感じで、オレよく我慢出来てるなって思う位。

 目はあと何回か手術するみたいで、痛みは取り除けるみたいなんだけど、もう見えるようにはならないんだって。

 でもあの時、ナツが自分のシャツを脱いでオレの顔にグルグル巻いて血を止めてくれたからオレは助かったって聞いたよ。助けてくれてありがとう。


 オレがこんな風になっちゃって、それにナツは自分のせいでって思っちゃってるから、ナツの方が辛いよな。だから大丈夫かって聞いたんだ。辛い思いさせちゃってごめん。

 

 ナツのせいじゃないから。オレ、中途半端にナツに山に興味持たせるような話しちゃって。あんな風に言ったら山に入りたくなるのは当然だよな。興味だけ持たせて、山のルールの話をしなかった。

 だからオレがいけないんだよ。じいちゃんがいたら怒られるな。


 イノシシ事故が起きる前に、オレと山犬を見かけただろ? オレはあの時ナツに気づいたんだ。でも自分をコントロール出来なくて、そのまま走り去っちゃった。

 あの山犬は半年位前にこの山で初めて逢って、あれから時々一緒になって走るようになったんだ。

 ロンって名前。ロンと走ってるとオレも山犬になったように険しい山道もスゲー速く走れて最高に気持ちいいんだ。

 ロンは人の気配がある所には絶対行かないんだけど、あの日はナツの近くを走った。たぶんオレにナツがここに来てしまった事を伝えたかったんじゃないかな。


 ロンと別れてから、オレ、ちょっと嫌な気持ちがしてナツがいた方に戻ったんだ。

 しばらく走ってたら、でっけー黒いイノシシが草藪に潜んでいるのを見つけた。そして20mっ位離れた所にナツの姿を見つけたんだ。びっくりした。瓜坊がいたから。

 とんでもない事になりそうだと思って、オレ、全力で走った。それと同時にでっけーイノシシが黒い塊になって突進してきたんだ。

 無我夢中でその後の事は覚えてないんだけど、そいつの爪がオレの目を潰したようなんだ。でもこれはオレが勝手にやった事だから。ナツには怪我させたくなかった。

 

 ナツも悪くないしイノシシも悪くない。これが野性でこれが山なんだ。イノシシが子供を守ろうとするのは当然の事。山には山のルールがある。だからイノシシの事、嫌いにならないで。

 勿論オレにとってイノシシは大切で尊い生き物だ。じいちゃんを殺った熊と同じように。オレはじいちゃんの魂を引き継いでるマタギの子だから、これで良かったんだと思ってる。

 オレが死ななかったのは、与えられたものを背負ってもっとしっかり生きろって事だと思う。

 

 オレさ、じいちゃんと住んでた山を離れて、こっちに来てからもこの山には毎日通ってたけど、地上で暮らす時間がすごく増えてさ。

 地上では楽しい事もいっぱいあるけど、知らない間に色んな物を目で見ようとするようになっちゃってたんだ。

 前は違った。見えない物ももっと感じられた。音とか匂いとか気配とか、もっと敏感だったと思う。

 じいちゃんと山で暮らしてる時は夜でも灯り無しに山を歩く事があったんだ。目には見えなくたって分かったんだ。でも地上で暮らす時間が長くなるとそんな事が出来なくなってきて。

 

 だから、そういう大切な物を無くさないように、目を失った事は神様のプレゼントなのかもって思ってる。これからもっとちゃんと感じる事が出来る力をつけていくよ。

 

 オレは普通の人達よりは、まだ見えない物を感じる力を持ってるはずだから、目を失う事はそんなに重要じゃないと思ってる。

 まあ、山と違って地上は感じにくい所だから、しっかり訓練していかないと生活するのは難しそうだけどな。でも訓練すれば大丈夫だと思う。


 オレ、これから学校行けなくても小学校は卒業させてもらえるみたいだから、中学は遠くの盲学校に行く。

 ナツと一緒に疾風学園には行けなくなっちゃったけど、三年間でちゃんと色々出来るようになって、高校は疾風学園に行くから待ってて。

 

 ナツはオリンピック出ろよ。オレはちょっと無理かもしれないけど、疾風学園に入ったらナツの事手伝うから。オレが守ってもらうんじゃなくて、ナツの事を守ってあげられるように頑張るから。


 次にナツと会うのは高校生になってから疾風学園でな。もうここには来るな。お互い、自分の事をちゃんとやらなきゃいけないから。

 ナツも頑張ってるって思えばオレは頑張れるし、オレも頑張ってるって思えばナツも頑張れるだろ? 

 それから「地上は楽しんだもの勝ち」だって事、厳しい時もお互い忘れないようにしような。

 それがナツがオレの為に出来る事。分かるだろ?


 ☆


 ケンタがすごくすごく大人に見えた。私は明日も明後日もケンタに会いに来たいけれど、ケンタが望むなら言う通りにするのが一番いいんだと思った。


「ケンタを信じてるから」

 私はそう言って、頬にキスをした。何だか急に恥ずかしくなって慌てて病室を飛び出した。

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