今までと違う自分

 もちろん私は疾風学園に行くつもりだ。小学生の間は父さんがコーチをしてくれているけれど、中学生になったら親元を離れて今以上に陸上に力を入れると決めている。

 学校は家から通える所にあるけれど、陸上部はみんな寮に入る。

 全中陸上(全日本中学校陸上競技選手権大会)チャンピオン、インターハイチャンピオンが何人も居るし、疾風学園の卒業生にはオリンピアンが沢山いる。

 だけど、現役高校生でオリンピックに出場した選手はまだいない。

 

 まだ、誰も成し遂げた事のない事をやってみたい。この先六年もあれば出来ると思う。出場するだけじゃなくて、メダルをとりたい。それも一番綺麗な金色のメダルをとりたい。

 ケンタは男だし、彼と争わなくていいのだから大丈夫だと思う。彼と一緒に頑張って、疾風学園の二人が金メダルをとったら凄い事になりそうだ。

 金メダルをかじった二人の写真が新聞の一面を飾る。

「快挙! 高校三年生。健太&菜津枝」

 見出しはこんな感じかな? 

 そんな事を想像しながら何だかボーっとしていた。


「小野さん。続きを読んで」

 先生の声にハッとして突然我に帰る。ニヤケ顔になっていた自分が恥ずかしくなって、ドッと顔に血が昇っていくのを感じた。私はスッと立ち上がり頭を下げた。

「ごめんなさい。今日の私は失敗ばかりです」

 

 先生は開いていた教科書をパタンと閉じた。

「小野さん。今、どんな気分ですか」

 

 私は正直に答えた。

「とっても恥ずかしいです。でも、今日の私はこれまでとちょっと違う気がします。失敗も意外と楽しいもんだって‥‥‥」

 

 先生は笑っていた。

「こんな小野さんをみんなはどう思いますか? 意見のある人」

 

 何人かが手を挙げた。ある子が言った。

「小野さんはいっつも真面目で、いっつも失敗しないようにしてたと思うけど、失敗をそんな風に思えたら、もっと色んな事に挑戦出来ると思うし、いい事だと思います。私みたいに失敗の方が多い人はもっと失敗しないように気をつけなきゃいけないと思うけど」

 その子は頭を掻いてすぐに椅子に座った。


 先生は「いい意見だね」と言った。


「時間は守らなくちゃいけないし、授業中は他の事を考えてボーっとしてたらいけない。でもな、小野さんは今日何か大切な事を学んだんじゃないかなって先生は思ってます。取り返しのつかない失敗は良くないけれど、失敗しないように固くなっているのも良くない。

 小野さんはこれまで失敗した自分を許せないっていう気持ちを強く持ち過ぎていた、と先生は思います。

 もうすぐみんな中学生になるんだから勉強も勿論頑張ってもらわなくちゃ困るけど、このクラス、この学校で楽しい思い出を沢山作ってほしい。やりたいと思ってる事はやり残すなよ〜」


 クラスの子や先生がこんな風に言ってくれるのが嬉しかった。運動会で走る以外の私の事なんて、誰も見てくれてないと思っていたから。この教室にも私の居場所があるような気持ちになった。

「地上は楽しんだもの勝ち」

 またこの言葉が思い浮かんだ。



 その後も昼休みに走っていると、いつもケンタが来てくれて、時々話をしながら一緒に走った。オリンピックで二人で金メダルをとって新聞の一面を飾る事を想像してしまった事は話さなかった。恥ずかしくて、自分の事はあまり話したくなかった。ケンタには嫌われたくない。

 それよりもケンタの事をもっと色々知りたかった。私はずっと気になっている事があった。

 ケンタが自分の居場所だっていう山、ケンタが生きてるって思える山ってどんな所なんだろう? 山に入ると別人になっちゃうって言ってたけど、どんな風になっちゃうんだろう? 私も行ってみたいな。

 

 ある日、私は思いきって言ってみた。

「ねえ、ケンタの居場所だって言ってた山に、私も一度行ってみたい。連れてってくれない?」

 

 ケンタは困った顔をした。

「今はまだダメだよ。山に入ったらナツと一緒に走れないと思う。山でも自分をコントロール出来るようになったら連れてってやるから、もう少し待ってろ」


 もうすぐ冬休みになる。冬休み中には行きたいな。いつになったら連れてってくれるんだろう。私は待ちきれなくなった。

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