義務とチョコレート

「今日はバレンタインデイね、ノゾミくん」

「いや、もう15日になっちゃったから。投稿日時をよく見てみなよ」

「いいえ。いまは2月14日の29時よ」

「さすがにムリがある」

「そんなことは百も承知しているわ。思いつきで書きはじめたから間に合わなかったのでしょうね。大目に見てあげましょう」

「わかったよ。そもそも、読者みんながバレンタイン当日にこれを読んでいるわけじゃないだろうし」

「そのとおりね」

「それで、バレンタインがどうしたって? まさか、またへんなものでも作ってきたんじゃないだろうね」

「真実のクッキーのことを言っているのかしら。へんなものとは心外だわ」

「凶器と呼んだほうがよかった?」

「あれは人間の醜さを暴き立てる霊験あらたかなもので……という話はさておき、今回は義務チョコのお話よ」

「義務? 義理じゃなくて?」

「そう、義務なの。別にあげたくもない相手にプレゼントする。そこには、なんとなく職場や同じクラスの男性にはあげなくちゃいけない気がする、という義務感があるのよ」

「みんなに配ってまわる人っているよね」

「もらう側としては、お情けでもらったチョコにわざわざお返しをしなくてはならない。あげる人、もらう人。どちらも幸せにはならないのよ」

「ぼくもお返しが面倒だから義理はもらいたくないな。いちおう義理でよろこぶ男も少なからずいるとは思うけどね」

「一番よろこんでいるのはお菓子メーカーなのよ。それなら、義務感でチョコをあげるなどというバカげた行為はやめればいい」

「一理ある」

「年賀状なんかも同じね。なんとなく出さなきゃいけない気がするから出す。もらったからには返さなきゃ失礼な気がするから返す。やはり得するのは郵便局だったりプリンターやインクのメーカーでしょう」

「好きで年賀状を書く人もいるけど、やめる人がどんどん増えてるらしいね」

「あるいは座高。昔から測っていたからなんとなく続けていたけど、最近はなんの意味もないことに気がついてやめたみたいね」

「意味もなくやってたなんて、バカみたい」

「頭の固いお役所仕事ね。まあ、そもそも座高を測っていたことなんて、いまどきの若い子たちは知らないかもしれないけれど」

「いまどきの若い子って……ぼくらは高校生設定のはずだけど」

「いつの時代の高校生とは明言していないわ。昭和の高校生や平成の高校生という可能性だってあるでしょう?」

「そう言われると、たしかに」

「世の中は義務であふれているように思うかもしれないけれど、それらはすべて、人間の生み出した実体のない妄想にすぎない。人間社会のなかでしか通用しない集団幻覚のようなものなのよ」

「じゃあ野生動物はみんな自由ってこと?」

「そうよ。好きな場所を縄張りと主張するのも、それを力づくで奪い取るのも自由。だれの命を奪おうと、だれの肉を食らおうと、それもまた自由。自然界においては、ありとあらゆるものが自由なのよ」

「弱肉強食ってわけね」

「でも人間はちがう。人間は社会をつくり、法をつくった。自ら生み出した不自由な社会のなかで自由を求めるようになった。自分で自分の首を絞め、苦しい苦しいとあえぎながら酸素を欲するようなもの。じつに愚かな生き物だと思わない?」

「辛辣なご意見だ」

「わたしはそんな実体のない幽霊のような強迫観念に縛られることなく、思うがままに生きたいと思っているわ」

「わりと普段から好き勝手やってると思うけど」

「ところで、ノゾミくん。ひとつ考えたことがあるのだけれど、聞いてちょうだい」

「どうせろくでもないことだろうね。いちおう聞いてあげるけど」

「わたし、賢いヒロインコンテストでいい線行くと思うの。出場してみようかしら」

「……はぁ? だれが賢いヒロインだって?」

「このわたし、宵山月子さんに決まっているでしょ」

「ジョークにしてはおもしろくない。本気だったら正気を疑う」

「失礼ね。こんなに思慮深い女性主人公なんて、そうそういるものではないわ」

「ひねくれ者の間違いじゃないの? それに、賢いヒロイン『中編』コンテストだからね。この作品は短編なんだ。門前払いをうけるよ」

「連作短編なら認められているわ」

「連作……と言っていいのかな、これ。しかも最近は地の文も書かない手抜き工事だし」

「加筆修正という手があるでしょう」

「あきらめなって。作者がそんな手間ひまかけるとはとても思えないし。ひねくれヒロインコンテストの開催を待ったほうがいい。それなら優秀賞待ったなしだよ」

「ノゾミくんのいけず……いいわ。そこまでいじわる言うのなら、このチョコはあげないから。せっかくキミにあげようと持ってきたのに」

「しょっぱいチョコなんかお断りだよ」

「たっぷりの塩なんか入れてないわ。そもそも市販のものだし」

「義務チョコはあげないんだろう?」

「これは義務でも義理でもないわ。ほんとの気持ちよ」

「この作品にラブはないって、月子が自分で言ってたはずだけど」

「そう。これは本命でもない。日ごろからお世話になっているノゾミくんへの感謝の気持ちなのよ」

「へぇ、月子にそんな殊勝な心意気があったとは驚きだね。ぼくとしては『日ごろから迷惑をかけているおわび』と言われたほうがしっくりくるけど」

「ノゾミくん、キミも相当なひねくれ者ね。ひねくれ脇役コンテストがあれば、優秀賞待ったなしね」

「だれが脇役だ、だれが。ぼくが主人公だろう?」

「主人公は当然わたしよ。タイトルをよく読んでみることね。『月子とノゾミ』と書いてあるはずよ。『ノゾミと月子』ではないの。わたしが先だから、わたしが主役に決まっているわ」

「ぐっ、それを言われるとなにも言い返せない……だけど、せめてダブル主人公ってことにしてください」

「それくらいならいいでしょう。わたしの心はホワイトチョコのように濃厚だから、快く認めてあげる」

「たとえが意味わからん」

「それと、はい、これどうぞ。もともとノゾミくんのために買ってきたものだし」

「あ、ありがとう──って、これは、五円玉の形をしたチョコ……」

「昔から根強い人気のあるチョコね」

「月子。ぼくに対する感謝の気持ちは五円程度ってことね」

「わたしとノゾミくんのご縁がずっと続きますように、という願いが込められているわ」

「初詣にしてはひと月遅いよ」

「あっ、もちろん読者のみなさんとのご縁もね」

「大事なほうをあとからとってつけたように言うんじゃない」

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月子とノゾミ 椎菜田くと @takuto417

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