未来の歴史はカオスの歴史

「先生、質問です」

「どうぞ」


「教科書には、戦国武将は美少女かイケメンの青年、あるいはナイスミドルだったと思われる、と書かれてます。どうしてはっきりしてないんですか?」

「いい質問ですね。それは歴史学者たちの見解が割れていて、数多くの仮説が立てられているからです」


「史料が残ってないからですか?」

「いいえ、むしろその逆です。文献が多すぎるのです。そしてそれらの内容がまるで一致していない。だから歴史学者たちにも、どれが史実を示したものなのか、さっぱりわからないのですよ」

「そういうことだったんですね」


「その文献というのは、おもに二十から二十一世紀ごろにつくられたのですが、これがまた歴史学者たちの頭を悩ませることになりました」

「どうして数百年もあとにつくられたか、ということですか?」

「たしかにそのとおりです。しかし、そんな疑問はささいなことで、もっと大きな謎があるのです」


「大きな謎……ですか?」

「その時代には、戦国時代に限らず多種多様な文献が残されています。たとえば巨大怪獣の襲来。人型ロボット兵器。超能力。宇宙を舞台にした戦争まで」

「ものすごい時代ですね」


「ですが、これもどこまでが史実なのか、まったくわかっていません。それこそ、文献にあるタイムマシンでもない限り、たしかめようがないのです」

「なるほど」


「それでは、この昭和、平成、令和を中心とした二十から二十一世紀ごろの時代をなんと呼ぶか、おぼえていますか?」

「はい。カオスの時代です」


       ○


「はっ──」月子がガバッと跳ね起きた。「夢だったのね……これが俗に言う、夢オチというやつかしら……」

「宵山さん、どうかしましたか?」


「いえ……ちがうわ。このお話はまだ終わりではないから、オチではないわね」

「あのー、宵山さん? いま授業中なんだけど──」


「あえて言うなら……夢出オチ?」

「なにを言ってるんだ、月子」

 となりの席の望が、立ったまま自問自答にふける月子に声をかけた。


「あら、ノゾミ君。おはよう。どうかした?」

「おはよう──じゃないだろ。いきなり立ち上がったと思ったら、ぶつくさと独り言をはじめるし。さっきから先生に呼ばれてるぞ」

「授業中は静かにしていてくださいね、宵山さん」


「────ああ、わたしのことね。センセイ、月子と呼んでちょうだい。名字で呼ばれてもしっくりこないの」

「はあ──」

「まあいいわ。いまは置いておくとしましょう。いずれ語られると思うから」

「そ、そうですか……では、授業を──」


「そのまえにひとつ質問しても?」

「はい。そういう発言なら積極的にどうぞ」

 これでようやく授業が再開できそうだと、教師は元気を取りもどしたようだ。


「センセイ……戦国武将はみんなイケメンだったのかしら? それとも美少女?」

「……はい?」

「気になって夜も眠れないわ……」

「授業中に寝てるからだろ」

 望はたまらずツッコミを入れた。


「宵山さん、授業に関係のない質問は控えてくださいね」

「関係ないとは言い切れないわ。もしかしたら本当に武将たちは美少女だったのかもしれない。歴史とは書き換えられるものなの。研究が進んで定説が覆ることはよくあることよ。『いい国つくろう』が『いい箱つくろう』に変わってきたように。あるいは、だれかの都合によって意図的に──」


「あの……いま現代文の授業なんですけど……。桂樹君、なんとかしてください」

 傍若無人な月子に困り果てた国語教師は、望に助けを求めた。というより、丸投げしたというべきか。


「ぼくですか?」白羽の矢を立てられた望はニガい顔をする。「先生、ぼくは月子の保護者じゃないんですけど」

「そうね。わたしたちはそんな関係じゃないわ」

 月子が望に同意した。


「へえ、考えが合うなんてめずらしいな」

「めおと──とでも言うべきかしら」

「もっとありえないから」


「あら、残念ね。わたしとノゾミ君の夫婦漫才で一旗あげようと思ってたのに」

「ピン芸人を目指してどうぞ」

「ノゾミ君のいけず……」


「そろそろ授業を……」

 もはや収拾がつかなくなってきた。そのようすを静観していたクラスメイトたちは、これ好機と動きはじめる。


「さあて、飯だ飯だ」

 ──弁当を食べる者。


「購買でも行こうぜ」

「お、いいね。授業が終わるまえだし、空いてるな」

 ──教室を出ていく者。


「ねえねえ、宿題のプリント見せて。おねがい!」

「しかたないなあ。おごりだからね」

 ──宿題を見せる者に写す者。


 授業時間中のはずの教室は、名もなきモブ生徒たちによって騒々しさを増した。そしてさらには──。


「学級崩壊……わたしの責任になるの……」

 ──うなだれる国語教師。


 そしてそして、とりを飾るは夫婦漫才師。


「月子、なにか言うことは?」

「このクラスは学校の歴史に名を残すことでしょう。カオスの教室、と……」

「バカやろう。すべての元凶がずうずうしい」


 お昼休みをまえにした教室は、まさにカオスの様相を呈したのであった。

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