本日は体育祭
本日は体育祭。それは若者たちがさわやかに汗を流す学校行事。ある者は純粋にスポーツを楽しむため。またある者は気になるあの子にアピールするため。それぞれの思惑を胸に秘め、戦うのである。
そんななか、注目を浴びる生徒がひとり。制服のスカートをひるがえし、廊下を颯爽と歩く女子生徒。まわりから向けられる奇異の視線など、なんのその。
くどいようだが、本日は体育祭。ジャージ姿の生徒たちがスポーツに精を出す、汗と涙の青春行事である。
「やあ、月子。今日はいつにも増して浮いてるね」
「ノゾミ君、あなたもお上手ね。夜空に浮かぶ月のように美しく輝いている、と言いたいのでしょう?」
「発想の飛躍がアポロ並みだな。大気圏を突破して月までたどり着く推進力がありそうだ。深読みはしなくていいからね。言葉どおりの意味だよ」
「言葉どおり……わたしの体がいつもは二ミリだけど今日は三センチも浮いている、と言いたいのね。でも残念ながら、わたしは反重力装置を積んではいないのよ」
「融通のきかないひねくれ者め。わざとやってるだろ」
「さあ、どうかしらね」月子はクスクス笑ってから、小声でつぶやいた。「そんなわたしにかまってくれるあなたも……」
「なんか言った?」
「なんにも」
月子のつぶやきは、廊下を行き交う生徒たちの喧騒にかき消された。
「ジャージに着替えなくてもいいの? 目立ちまくってるけど」
「ノゾミ君、わたしが意味もなく制服でうろついて変な目で見られている、とでも思っていたのかしら?」
「ただのサボりだと思ってたけど、また突拍子もない理由があるのか」
「失礼ね。崇高な目的があるのよ」
「教えてもらおうか」
「お教えしましょう」
月子はコホンと咳払いをして、語りはじめた。
「いったいなぜ、この体育祭という日にわたしは制服のままなのか。それは、公権力と同調圧力に対して、抵抗の意志を示すためなのよ」
「いつもどおり意味がわかりません」
「うちの学校の体育祭は、原則全員参加が建前になっている。でもそれは、運動が苦手な生徒にとっては大きな苦痛でしかないと思うの。大勢の観客のまえに醜態をさらすことは、もはや公開処刑に等しいわ。別に自由参加でも問題ないのに」
「それが公権力ってやつね。あくまで建前であって、応援だけの人もいるけどね。月子みたいに」
「そして同調圧力とは、多数派が少数派にかける圧力のこと。どうしておまえはみんなに合わせようとしないんだ、という無言の脅迫。みんなの冷たい視線が、口よりもじょうぜつに語っているわ」
「少なからず被害妄想が入ってない?」
「でもちょっと待ってほしいの」
月子は、ポケットから生徒手帳を取り出し、校則の記されたページを開いて、それをノゾミに突きつけた。
「黄門様の紋所でも見せつけられてるみたいだ」
「ここには体育祭への参加義務なんて書かれていないし、ましてやジャージ着用義務なんてあるわけない。それなのに、ちょっとばかりみんなと違うことをしただけで、調和を乱すやつだ、などと思われるのは心外だわ。なにも悪いことはしていないのに」
「みんなそこまでは考えてないと思うけどな。変なやつだな、くらいだろう」
「なんとなく多数派の意見を信じ込み、雰囲気で善悪の判断をする。少数派を邪魔者とみなして煙たがる。このことは学校だけに限らず、社会のいたるところに存在しているわ。学校という名の社会の縮図と言えるこの場所で、わたしは断固として戦わなければならないの」
「なるほど」望はあいづちを打ち、疑問を口にする。「だったら制服はいいの? みんな同じのを強要されてるけど」
「それはかまわないわ。制服を着るメリットはいくつもあるのだから。たとえば職業をあらわす。一目見ただけで、この人は店員だ、警察官だ、とわかったほうが、困ったときに助かるでしょう? 責任感を持たせる効果もあるかもしれないわ。自分は企業の一員だからイメージダウンにつながるようなことは控えよう、というふうにね。だからわたしは制服を否定しないのよ」
「その心は」
「私服は面倒だから制服がいい」
「やっぱりそういうことか。調子のいいやつ」
「したたかなのよ」
月子は片目をつむってみせた。
「もっともらしいことを語ってくれたけど、要約すると、運動が苦手だからサボりたいってことでいいのかな?」
「身も蓋もないわね。でも違うわ。抵抗の意志を示すためよ」
「それじゃあ、体育の成績は?」
「たしか、四だったかしら」
「へえ」望は予想外の答えに驚く。「結構いいんだな。五段階評価の四か。ぼくの予想はハズレみたいだね」
「いいえ」月子は首を横に振った。「十段階に換算すると四になる、という意味よ」
「てことは……二じゃないか」
「そういう解釈もあるわね」
「そういう解釈しかないよ。うちの学校の成績表は五段階評価なんだからさ。まあ、屁理屈だけは、文句なしの十をあげるよ」
望はやれやれと肩をすくめた。
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