第5話 おじさんの苦悩

 この世で再び生を与えられ、気がつけば一年以上が過ぎた。最初は戸惑うことも多くあったわけだが、今は自分の現状をしっかりと受け止めて生活をしている——つもりなのだが、未だに味気ないこのメシだけは受け入れられない。なんというか、風味しかせんような…。


「またこぼしちゃってるよ、しょーくん。お口拭くから動かないでね」


 いつも手間かけてすまんな、ママン。これでも前世では箸で豆を掴むのは得意なほうやったんやで。それにしても、これからはワイの目の前で揺れるこのお乳を吸わせてはくれへんのやろか。このメシって離乳食ってやつやろ?介護施設でもこんなふにゃふにゃな米は出さへんで。

 ちらりと田中のほうに目をやると、アイツも美味そうにガツガツとメシを食べていた。

 絶対田中のメシのほうが硬いやん。そろそろタレのいっぱい付いた焼き鳥に、塩気の多い枝豆が食いたいなぁ…。そんでな、そいつらを一口食べるごとにキンキンに冷えた酒で流し込むねん。しかも毎回毎回スプーン使わされて、ワイはどっかの貴族かい!

 怒りに任せて拳をテーブルに叩きつけた手が当たってしまい、米の入った器がママンに向かって飛んでいった。


「あっちゃ〜、もう、イヤイヤ期に入るのはもう少し先だと思うんだけどなぁ…」


 ママンの美しいお顔や胸元に、ドロドロの白い米たちが…っ!これは…これはアカンやつやでぇ!深夜アニメで何度も見た光景を、まさか実際に目にすることができるやなんて!


「しょーくんには、かかってない?熱いところない?」


 自分のことよりもワイのことの心配か…すんません、迷惑ばっかりかけてもーて…。股間が熱いです!———って言って恥ずかしがるメイドさんに拭かせるのも定番やんなぁ…。

 ママンの問いに対し、ゆっくりと首を縦に振る。


「よかった。今度こそはちゃんと大人しくしておくのよ?」


 分かってますがな。ワイのことは気にせずに自分のを拭きとってぇな。ほんま、申し訳ないなぁ。ワイも前世ではよく酔っ払った同僚に酒こぼされてたわ。さてと、そろそろ眠なってきたし、寝るとしようかな。この座布団の上がなかなかのお気に入りや…ね……


 ・ ・ ・


「ねぇ可愛い坊や?お姉さんにあなたのお顔をペロペロさせてちょうだい?」

「何やってるんやお姉さん!ちょっ…!」


 またおかしな夢を見てしまったようだ。

 田中、もう起きるからそろそろ顔を舐めるのはやめてくれ。お前も酔ったらやたらと人を舐めてこようとしてたよな。今だから言うが、とてつもなく不愉快だったぞ。

 それにしても、先から何でこんなにも下半身が冷えるんやろか?ズボンを履いてる感覚はあるんやけども……あっ、そういうことか。大人であるこのワイがこんな失態をするとはな…。座布団までびちょびちょやで。おい田中、ここでお座りしとけ。


「まま〜」

「おはようしょーくん、どうしたの?あらっ、お漏らししちゃってるじゃない、早くお着替えしないと!」


 ふふっ、待っとれ…待っとれよ田中!次はお前が辱めを受ける番じゃ!

 ママンと一緒に着替えを済ませた俺は田中のいる場所まで彼女を引っ張って行った。


「マル!ここはトイレじゃないって言ってるじゃない!」


 ママンが田中を怒り始めるのを見ていて俺はとても気持ちがよかった。

 お前のせいで上司に怒られたことがあるからな、その借りはしっかり返してもらったで!


「わふっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おじさんは一歳の元気な男の子 寧楽ほうき。 @NaraH_yoeee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ