第4話 おじさんの趣味

 灰色に染まった雲に太陽は隠れ、街を薄暗く照らす。……ま、ただの雨降りの日ってことや。

 みんなは雨は嫌いか?ワイは前世ではほんまに大っ嫌いやったな。電車は遅れるし、靴下も濡れて、靴から足を出した時なんか臭ってるし。何より、その時の周りの人たちからの冷たい目線が痛かったで…。

 カーテンの隙間から、水浸しになる庭を眺めながらそんな過去を思い出す。

 でもな、今は雨が好きなんや。なんでかって?そりゃあ洗濯物を部屋の中で干すからや。その中にはもちろんママンの下着もあるわけでな、それをじっと眺めてるのが最近のワイの趣味なんや。

 おや、あの細いヒモはなんや?あんなもん今までウチにあったっけな。

 気になってその洗濯物のそばまで行き、見上げてみると、そこには漫画や雑誌でしか見たことのないような異常な細さのパンティーが引っかけられていた。

 …お前、新入りか?よければ教えてくれ。

……お前はいったいいつ、何のために使われんねん?唯一ある布地の部分もほとんど透け透けやないか。そないなもんが下着として機能すると思ってるんか?否、これは下着として使用するものではないやろう。その場を盛り上がらせるためのコスチュームでしかない。

 お前は何回戦場を潜り抜けて来たと言うんや…。

 そんなことを考えている時、ちょうど良いタイミングで田中が近くにやって来た。

 これからさせられることを知らずに…間抜けな面しとるで。おい田中、アレ、見えるやろ?あのパンティーを取ってこい。ワイの指差してる方向にあるあのヒモや。

 

「わん!」


 田中は良い返事をして早速動き始めた。

まずは自分の身体を使って椅子を近くまで持って来て、じっと目標を見つめた。

 ママンがお昼寝してるうちに頼むで…!


「わふっ!」


 助走をつけて田中は力強く地面を蹴り、椅子に着地してそのままの勢いで目標を目掛けて飛び立った。

 おぉ…!おぉ…!よくやった田中!ほら、早くそれをこっちに持ってくるんや!

 お前はほんま頭ええやっちゃ!いつかお菓子あげるからな!

 間近で見てみると、それは思っていたよりも細く、思っていたよりも奥が透けて見えた。

 これがショーブシタギってやつか…。前世ではそんなもん一回も見ることなく終わってもうたからなぁ…。皮肉な話やで…。


「ふわぁ〜ぁ…ごめんねぇ、いつの間にかママ寝ちゃってたみたいで…」


 パンティーの布からママンの姿が透けて見え、俺は慌ててそれを田中にくわえさせた。


「あれ、やだなぁ〜…マルったらそんなイタズラしちゃダメでしょ〜?」


 ママンは田中からそっとパンティーを取り返しながらそう言った。

 すんません、ママさん。僕は止めたんですけどね、このスケベぇがどうしてもって言って聞かなかったんですわ…。今日のお菓子は抜きでいいですよ。

 

「ダメでしょ〜?これはママが髪を結ぶときに使うんだから」


 ——いや、それどう見てもパンティーでしょ?流石にその言い訳は苦しい…って髪結び始めてるしこの人…。ここは大人として気づいてないフリをしておいてあげますわ。


「まぁま、かわい」

「しょーくんありがとう」


 必死に誤魔化そうとしているところ、可愛いでっせ。お、玄関から音がするけどもしかしてパパンが帰って来たんか?


「ただいま〜、今日は仕事が早く終わったから帰ってきたんだ〜」


 そう言いながらパパンはリビングへやって来て靴下を脱いで放り投げた。

 えぇ、それはほんの一瞬のことでしたよ。放り投げられた靴下が綺麗な放物線を描きながらワイの顔を目掛けて飛んできたんですわ。スローモーションって言うんかな、そう見える現象が起こったんや。

 …なんやこのくっさいの‼︎ワイの前盛期ぜんせいきよりも臭っとるで‼︎足裏で納豆でも作っとるんか⁉︎やっぱりワイは雨は嫌いや!


「も〜、パパったら…靴下は脱ぎ捨てないでっていっつも言ってるでしょ?」

「ごめんごめん。……あれ、なんでパンツで髪結んでるの?」


 パパンの空気の読めないその一言で、場は凍りついた。もちろん、ママンも戸惑いを隠せない様子で言葉を失っていた。

 確かに照れているママンは可愛らしいけど、これは許せへんぞ!ワイがわざわざ気ぃ遣って気づかんフリしといた言うのに!

 怒りに任せてぶん投げた靴下が、運良くパパンの顔に当たり、俺の気は鎮まった。


「うわぁ、俺の靴下くっさぁ…」

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