5
◎
夏は影が一番色濃い季節だ。それは校舎裏の銀杏の樹の影も例外じゃない。
しかしその影の中でも、彼女の輝きが陰ることはなかった。少なくとも俺の目には。
「文月さん」
目の前に立つ彼女の名前を呼ぶ。
彼女は何も言わずこちらを見た。
静かに、俺の言葉を待っている。
――俺が彼女を呼び出したのは、ガラス瓶五本分の勇気に背中を押されたからじゃない。
***
『夕立を集めたのは、お前の勇気を集めるためじゃない。お前の勇気を確認するためだ』
俺の前に置いた上下を逆さにした瓶を見ながら理人は言った。
そして彼は二つ目の瓶を持ち上げる。
「そもそも勇気ってのは、傷つく怖さよりも想いの強さが上回ることだろ。勇気があっても恐怖がなくなるわけじゃない」
理人は淡々と話しながら、二つ目、三つ目とガラス瓶を逆さにして俺の目の前に並べていく。
彼の指先で簡単にひっくり返る小瓶に、俺は一体何を期待していたんだろう。
「それを踏まえて、思い出せ」
逆様になった小瓶が一列に並ぶ。
俺はどうしてこんなものを集めていたんだろう。
「考えろ。思い出せ。振り返れば単純ってのが世の中のほとんどだ。お前の勇気は積乱雲の中にあるのか? 違うだろ」
理人が目の前にいた。
机に手をついて、前のめりになって。
彼は問う。
「じゃあ、なんでお前は――」
◎
理人が続けたセリフはいつもの事務的なものじゃなかった。あんな声を聞いたのは初めてだ。
答えなきゃいけないと思った。目の前にいてくれた彼と、目の前にいてくれる彼女に。
だから今、彼の問いをもう一度自分に投げかける。
考えろ。思い出せ。
なんでお前はそんな汗だくになって。
なんでお前はそんなびしょ濡れになって。
――なんでお前はそんな必死になって夕立を追いかけた!
「俺は文月さんのことが好きです!!」
ガラス瓶なんかに収まらない。
雲一つない夏空の下で、大辞林には載っていない自分の答えを。
心から溢れる想いを俺は叫んだ。
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