5

 

 夏は影が一番色濃い季節だ。それは校舎裏の銀杏の樹の影も例外じゃない。

 しかしその影の中でも、彼女の輝きが陰ることはなかった。少なくとも俺の目には。

「文月さん」

 目の前に立つ彼女の名前を呼ぶ。

 彼女は何も言わずこちらを見た。

 静かに、俺の言葉を待っている。

 ――俺が彼女を呼び出したのは、ガラス瓶五本分の勇気に背中を押されたからじゃない。



***


『夕立を集めたのは、お前の勇気を集めるためじゃない。お前の勇気を確認するためだ』

 俺の前に置いた上下を逆さにした瓶を見ながら理人は言った。

 そして彼は二つ目の瓶を持ち上げる。

「そもそも勇気ってのは、傷つく怖さよりも想いの強さが上回ることだろ。勇気があっても恐怖がなくなるわけじゃない」

 理人は淡々と話しながら、二つ目、三つ目とガラス瓶を逆さにして俺の目の前に並べていく。

 彼の指先で簡単にひっくり返る小瓶に、俺は一体何を期待していたんだろう。

「それを踏まえて、思い出せ」

 逆様になった小瓶が一列に並ぶ。

 俺はどうしてこんなものを集めていたんだろう。

「考えろ。思い出せ。振り返れば単純ってのが世の中のほとんどだ。お前の勇気は積乱雲の中にあるのか? 違うだろ」

 理人が目の前にいた。

 机に手をついて、前のめりになって。

 彼は問う。

「じゃあ、なんでお前は――」




 理人が続けたセリフはいつもの事務的なものじゃなかった。あんな声を聞いたのは初めてだ。

 答えなきゃいけないと思った。目の前にいてくれた彼と、目の前にいてくれる彼女に。

 だから今、彼の問いをもう一度自分に投げかける。


 考えろ。思い出せ。


 なんでお前はそんな汗だくになって。

 なんでお前はそんなびしょ濡れになって。

 ――なんでお前はそんな必死になって夕立を追いかけた!


「俺は文月さんのことが好きです!!」


 ガラス瓶なんかに収まらない。

 雲一つない夏空の下で、大辞林には載っていない自分の答えを。

 心から溢れる想いを俺は叫んだ。

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