2
「聞いてくれ理人。俺は文月さんのことが好きかもしれない」
「知ってる」
「なんで知ってるんだよ」
「昨日も一昨日も言ってたからだ」
もう聞き飽きたと言わんばかりの顔をする理人はそれでは物足りなかったのか実際に「もう聞き飽きた」と言葉にした。彼の手元のハードカバー本も呆れたようにページを曲げている。失礼な本だな。
「俺そんなこと言ったっけ」
「表現は違うけどな。昨日は『文月さんをついつい目で追ってしまうんだ』一昨日は『文月さんのことを考えてると夜も眠れない』」
「ベタ惚れじゃないか」
「その通りだろ」
理人はページを捲る。
息苦しい授業の合間に現れるオアシスである昼休憩だというのに、机で本を読んでばかりの彼に好奇心で話しかけてみたのが高校一年生の六月。ちょうど梅雨時で、外で遊べなかった俺が「いつも本読んでるよな。なんかおすすめの本ある?」と訊くとすかさず「大辞林」と言い放ったのが彼との出会いだ。
それからお互い話をしたりしなかったりで、二年生になった今もだらだらと関係を続けている。
「そんなに好きなら告白すればいい」
「いや簡単に言うなよ」
「でなきゃ物語が進まないぞ。それともこんな日々を続けていくのか? 一体あと何回お前は『文月さんのことを想うと不思議と胸の奥がちくりと痛むんだ』と言うつもりだ」
「それは言ってないだろ」
「何にせよ、お前は好きになっただけで満足するタイプじゃないだろ」
「うっ」
理人の言葉が喉に突き刺さり、俺は言葉を詰まらせた。
「……よくわかったな。俺が文月さんと手を繋いだり、一緒に帰り道でコンビニ寄ったり、相合傘したりしたいって思ってるって」
「いやそこまではわからなかったが。まあでもそれを本当に伝えたい相手は違うことくらいわかる」
もう聞き飽きたんだよ、と彼はもう一度言ってため息を吐いた。
――告白。
俺の部屋の床に落ちていた大辞林によると『心の中に秘めていたことを、ありのままに打ち明けること』と書いてあった。
そんなの、できるわけないだろ。
「……勇気が出ない」
「気持ち悪い」
「冷たすぎる!」
「何が勇気だ。そんなの言い訳だろ」
言い訳。確かにそうかもしれない。
でも心の中を開いて見せるってことは、その瞬間俺は無防備になるってことだ。
どうしてもそこを刺された時のことを考えてしまう。文月さんの「ごめんなさい」ってセリフで刺された時のことを考えてしまう。三日は寝込む自信がある。
それだけ傷つく勇気が、俺にはまだなかった。
「フラれたらどうしよう」
「それも青春だな。よし」
「よしじゃねえよ。俺は幸せになりたいんだよ」
「だが告白が成功するかなんて考えてもどうにもならんだろ。それは彼女側の問題だ」
「それもそうなんだけどさ。あとは神様が味方してくれるしかないよなあ」
その言葉を聞いた理人は本に栞を挟んで閉じた。そして初めてこちらを向く。
「じゃあ神がお前の味方かどうか確かめてみたらどうだ?」
「……は?」
彼が何を言ってるのか、意味が分からない俺はもう一度訊き返す。
理人は本を机にゆっくりと置きながら口を開いた。
「夕立を追いかけてみたらいい」
訊き返しても、やっぱり意味が分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます