アブノーマル 最終話 記憶

 目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。刑事から電話を貰ってから、茜の遺体を確認し、帰宅した。それが今日一日の事だったとは思えないほど時間が経ったような気がしていた。

「いたた……」頭が痛い。泣きすぎたせいだろうか。

 頭痛と共に、あの時、悠理や凪の事件のあった時、ひどい夢を見ていた事を思い出した。内容はあんまり覚えていない。しかし、自分が誰かを殺しているような映像が見えている気がする。成美は導かれるかのように、部屋の隅にあるチェストの引き出しに手をかけた。背中には冷や汗が流れている。引き出しの中には、凪にもらったプレゼントや手紙の他に、パスポートが入っている。成美のパスポートには一ヶ月ほど前にスイスへ入国しているスタンプが押してあった。

「え……? 何これ……」

 成美にはスイスへ行った記憶などない。そして、凪にもらったと思われたオーボエのリードに、血が付いている事に気付いた。なぜこんなところに血が……さらに引き出しを探ってみると、自分のものではない松脂(ヴァイオリンの弓の毛に塗るもの)も見つけた。ここにも血が付いている。どれもこれも見覚えのないものだった。さらに引き出しの中に手を突っ込んでみると、なにやらふわっとしたものが成美の左手に当たった。

「いやぁ!」

 黒い毛のようなものが大量に束となって出てきたのだ。これは髪の毛なのだろうか……真っ黒く長い毛が、綺麗に束になって収められている。成美は黒く長い毛に心当たりがあった。茜は髪を染めた事がない。若い頃から海外で暮らす茜にとって、黒くてツヤのある髪はアジア人の象徴だといい、いつも黒でストレートな髪を長く垂らしていた。なぜこんなものが、こんなところにあるのか、成美の心臓は激しく高鳴っていた。そして黒髪の長いウィッグも一緒に入っている……

「いたっ!」

 再び成美に頭痛が走った。何やら夢で見た景色が鮮明に浮かび上がってきた。


 後に生まれたくせに、いつもいつも自分の先を歩く茜。チューリッヒの自宅に乗り込み、レインコートを着て、茜の事を刺し殺した。髪の毛を千切り、遺体をクローゼットの中に押し込んだ。その日のうちに帰国すると、次の日にリサイタルのリハーサルに向かう。

 高校の時から、いつもいつも自分の事を馬鹿にしてくる悠理。週末のリサイタルを終え、打ち上げを終えると、悠理の家まで後をつけ、悠理が部屋に入ったところで後ろから包丁を振り下ろした。茜の髪の毛をその場に残していく。

 その後、茜が日本に帰国していると思わせるため、黒髪でロングなウィッグを作り、茜になったつもりで歩き回る自分。

 そして凪。高校時代、成美は自分の初恋を、凪だけに話していた。誰にも言っていなかった。安曇先輩は自分なんかが好きになって良い存在では無い、ずっとそう思っていた。秘めていた想いを凪だけには打ち明けていた。凪はいつも成美の味方だった。凪だけが安曇先輩への気持ちを応援してくれていた。いつもいつも先輩のことを凪に相談していた。それなのに……

 全てを手に入れたくせに、こんな所で裏切られるとは。結婚式で凪の言った言葉が甦る。

「成美、ごめん。私、幸せになるね」

 凪のコンサートが終わった後、夕食を共にしようと誘ったところ、断られ、その場で別れたものの、家まで後をつけ、寝室の電気が消えるのを待ち、庭から侵入し、二人で寝ている寝室へ忍び込み、二人の事を刺し殺したのち、凪の頭部を、寝室のチェストの上に飾ってあったコンクール優勝の楯で殴りたおした。寝室にも茜の髪の毛を残してその場を去った。

 そんな映像が、成美の頭の中に突如として流れ込んできたのだ。

「いやああぁぁああぁ‼︎」

 これは夢の話だ。事実ではない。今まで見た夢を突然鮮明に思い出しただけだ。成美は何度も何度もそう言い聞かせた。心臓の鼓動がどんどんんと速くなっている。成美はその場に崩れ落ちてしまった。


「成美……?」史郎が成美の部屋をノックしてドアを開けた。

「警察の方が見えている」

 成美は少し落ち着きを取り戻し、史郎と共に下の階へ降りて行った。


「宮脇成美だな」

「え、そうですけど……」

「お前のPCのアカウントから大量のナツメグの購入履歴が見つかった。浅井悠馬殺害容疑で逮捕する」

「……え⁉︎」

 浅井悠馬……? まさかの名前だった。浅井悠馬とは……成美の中学の同級生だ。そういえば何年か前の同窓会で再会したはずだ。しかし、浅井悠馬の事なんて今の今まで忘れていた。それに浅井悠馬は死んだのか? そんなことすら初耳だった。

「ちょ、ちょっと、違いますよ、私じゃありません!」 

 口にしたところで成美は不安になった。まさか……本当に私が……? にしても悠馬を殺す理由なんて、どこを探しても見当たらない。

「宮脇茜、秋本悠理、安曇圭吾、凪夫妻の殺害事件についても、話しを聞かせてもらう」

 刑事は二人がかりで、成美の腕を引っ張った。成美はその腕を引き剥がし、叫んだ。

「違う! 私じゃない! 浅井くんなんて連絡も取ってない! どういうことなの⁉︎」

 史郎は成美の事をまっすぐ見つめているが何も言葉を発さない。刑事は再び成美の腕を取った。

「話は署で聞かせてもらう」

「やめて‼︎ 私じゃない‼︎ おじさん‼︎ 助けて! おじさん‼︎」

 成美は史郎を見た。史郎は何かを知っている目をしている。しかし、史郎は成美をかばおうとする事はなかった。成美は涙を流して泣き叫んだ。

「やだ‼︎ 助けて‼︎ おじさん助けてよお‼︎ 助けてー‼︎」

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