アブノーマル 第6話 妹2

「あ、宮脇成美さんですか?」

「……はい……」

 二人組みの男が史郎と成美の家を訪ねてきた。史郎はまだ店にいるので、今家には成美一人だ。

「警察です」

「……え?」

 このような状況はドラマで見た事がある。本当に警察手帳をパコンと広げて『警察です』と、刑事は言うものなのだなと成美は思った。

「ちょっと、お話よろしいですか?」

 成美は二人の刑事を、部屋に入れた。にしても警察が自分に何の用なのだろう。周りの人間が次々と死んだからだろうか。まさか疑いをかけられているのではないだろうか……成美は突然怖くなった。

「秋本悠理さん、安曇圭吾さん、安曇凪さんのことは、ご存知ですよね?」

「もちろんです……悠理さんと凪さんは高校の同期で、圭吾さんは先輩です」

 何度も何度も言わないでくれ。成美はそう思った。凪がこの世にもういない事は、自分が一番理解している。しかし、警察から凪の名前を聞いて、成美は突然目頭が熱くなった。警察が来た事によって、凪が死んだだけではなく、誰かの手によって殺されたのだという事が、突然現実となって襲ってきたのだ。ここで泣いては、余計あやしまれる。成美は必死で涙を止めた。

「心中お察しします」

「いえ、すみません……」

 刑事は何も話さない。そこに座っているのなら、とっとと聞きたい事を聞けばいいのに、と成美は思った。

「あの、何か聞きたい事があって、いらしたんですよね?」

「ええ、すみません。実はですね、被害者は三人とも、自宅で殺害されているのですが、二つの現場から、被害者のものではない髪の毛が検出されまして」

「え……? 髪の毛ですか?」

 成美は刑事が何を意図しているのかがわからなかった。凪の家はまだしも、悠理の家には行った事がない。だいいち、荻窪に住んでいることすらニュースで知ったくらいだ。

「その髪の毛のDNAがですね……宮脇茜さんのものと一致しました」

「え⁉︎」

 茜……? それは予想だにしない答えだった。ここで茜の名前が出てくるとは思わなかったのだ。そういえば茜は今どこにいるのだろう。一ヶ月前茜から電話が来て以来、連絡を取っていない。

「妹さんは、スイスのチューリッヒで暮らしているんですよね?」

「え、ええ……一ヶ月くらい前に、茜から電話が来て、日本に一時帰国すると言っていました。でもそれ以来連絡はありません」

「連絡とっていただけますか?」

 成美は茜にその場で電話をかけた。発信音が鳴り続けている。そのうちに『応答がありませんでした』となり、電話は切れた。その後三回ほどかけたが、相変わらず応答はない。

「……出ません……」

「そうですか」

「でも……そういえば、凪ちゃん……あ、私は安曇凪さんと良く会っていたのですけれど、最後に会った日に、茜を街で見かけたって言ってました。でも、声はかけなかったって」

「妹さん、日本に帰国しているんでしょうか?」

「……だと……思いますけど」

 事件現場に茜の髪の毛……? どういう事だろう。茜が殺したとでもいうのだろうか。いや、茜に悠理と凪を殺す動機なんてあるわけがない。凪はうちにもよく来ていたからわかるが、茜は私たちとは高校でかぶっていないので、悠理のことは知っているのかどうかすらわからなかった。それに、そんなことよりも、血を分けた兄弟が人殺しをしているなんて考えたくもなかった。

「そうですか……今日はこの辺で失礼いたします。また話を伺いに来るかもしれません。茜さんから連絡があったら、こちらにもご連絡ください」

「はい……」

 刑事たちは、帰って行った。茜とは連絡がつかない。

「なんで出ないのよ……」

 時差的にも今あちらは午前中のはずだ。仕事も休みだと言っていたし、茜は一体どこにいるのだろうか。茜のパートナーの連絡先を成美は知らなかった。いまだに背筋にゾクゾクと悪寒が止まらない。夜はふけていき、成美は一人で家にいるしかなかったが、落ち着かずにリビングの周りをずっと一人で歩き回っていた。

「ただいま」

「おじさん!」

 史郎がようやく帰ってきた。史郎は成美の尋常ではない様子に驚いた。

「どうしたんだ! 何があった!」

「茜が……茜と連絡とれなくて、それで……警察来て……」成美はどんどんパニックに陥ってしまっているようだった。

「成美、落ち着いて。茜がどうしたんだ?」

 成美は史郎に一連のことを話した。史郎は怪訝な顔立ちをしている。史郎は成美と茜の母親に連絡を取ったが、母親も茜から一切の連絡を受けていないらしい。二ヶ月ほど前に、彼と喧嘩をした愚痴を電話してきたそうだが、日本に帰ってくるなんてことも、一言も言っていなかったようだ。となると、成美はそのあとに、茜と連絡を取った事になる。まさか、本当に茜が……


 なんとも茜らしくない行動だ。茜が誰にも告げず日本に帰国し、成美の同級生たちを、三人も殺しているなんて、とても想像できなかった。それに、もし茜が犯人だったならば、凪を殺した事は、いくら妹といえども許せない。成美は混乱していた。とにかく茜の居場所を探さなければならない。

「おじさん、私、茜は日本にいると思うの……」

「え? どうして?」

「凪ちゃんが言ってたの! 茜の事見かけたって! 凪ちゃんは茜の事よく知ってるから、見間違えるわけないもの!」

「じゃあ、茜が日本に帰ってきて成美の友達の事を殺したっていうのか⁉︎」

「わからないけど! でもとにかく茜と連絡も取れないの!」

「とにかく落ち着くんだ」

 史郎は成美の肩に手を置いて、なだめるように言った。それから数分経って、ようやく成美は落ち着きを取り戻す事ができた。悠理と凪夫婦が死んだだけではなく、その容疑が茜にかかっている。成美の心は限界に達そうとしていた。

「私、チューリッヒに行こうかな……」

「お前が行ってどうするんだ。そういう事なら警察も茜の事を追っているだろう。心配しなくても、茜が事件を起こしたと決まった訳じゃない。事件に関わっていたとしても、殺したとは限らないんだ」

「うん……そうだよね」

「茜を信じよう」

 成美はとにかく茜と連絡が取りたかった。茜の声を少しでも聞けば安心する。しかし、あれから何度電話をかけても、チャットやメールを送っても、既読にすらならない。アカウントがなくなっている事はないようだが、茜はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。成美は、茜のパートナーの連絡先を聞かなかった事を激しく後悔した。

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