アブノーマル 第4話 安曇凪
「成美! 久しぶり!」
「凪ちゃん! 元気だった?」
オーボエ奏者の
「成美、悠理の件……聞いた?」
「もちろん……ニュースで見たよ……お葬式の案内とか来てないよね?」
「家族だけで行うみたい。事が事だったし……」
「実は私、あの事件の前日、悠理と一緒の本番だったの……」
「え⁉︎ 嘘でしょ……その時は何も変わった様子はなかったの?」
「もちろん! 元気だったよ……」
悠理があんな残虐な事件に巻き込まれるなんて、同期の間でも戦慄が走っていた。成美は悠理の事は好きではなかったが、まかりなりにも一番多感な時期を一緒に過ごしてきた、いわば同志だ。ショックは隠しきれない。
「辛いよね……」
凪も悠理とそこまで仲が良い訳ではなかったものの、辛そうにしていた。涙はもう全て流し終えた後らしい。凪は一度大きくため息をつくと、目線を成美に戻し、話し始めた。
「そういえば、この間茜ちゃん見かけたよ? 帰ってきてるの?」
「え? ほんと?」
そういえば、あれ以来茜からの連絡は無い。帰国する時には連絡しろと言ってあったのに。
「そういえば、先月、近々帰国するって連絡あったけど、それ以来何にも言ってこないよ、何勝手に帰ってきてんのよ、あいつ」
「あはは、いや、なんか急いでるみたいだったから、声かけられなかったんだけどね、よろしく言っといてね」
「うん、わかった」
なんという事だ。茜が連絡もなしに日本に帰ってきているなんて、これは一大事と言っても過言ではない。茜は一年に一、二度、日本に帰国するが、迎えに来てだの、何時に着くだの、今空港に着いただの、うるさいくらい家族全員に連絡してくる奴である。それが、一人おとなしく帰ってくるなんて。実家にいるのだろうか。しかしこちらから連絡するのもなんだか癪な気がしたし、会わないまま茜がチューリッヒに帰ってくれるのならば、それは御の字だ。
今日は仕事が無いので、凪とお茶をした後、凪のオーケストラのコンサートを聴きに行く予定だ。今日の目玉は、ブラームスの交響曲第二番。オーボエが大活躍する。凪の勇姿を見るのは久しぶりだ。
「凪ちゃん、緊張してる?」
「ううん、もう何回も吹いてるもの。大丈夫よ」
凪は余裕綽々そうだった。凪はいつも自分に自信を持っている、高校の時からそうだ。凪はいつも成美の憧れの人間でもあった。
高校生の時、成美の成績は得に良くはなかった。日本全国から集まる都内の
そんな時にいつも声をかけてくれていたのが凪だった。凪は、中学入学と同時に、吹奏楽部に入部した事がきっかけでオーボエを始め、わずか三年で音楽高校に入学する事ができた。学校では成美とちがって、いつも明るく、凪の周りにはいつも多くの人がいたのだ。
「凪ちゃん、がんばってね」
「うん! ありがとう、成美もコンサート楽しんでね!」
オーケストラの中で朗々とソロを演奏する凪は、ひときわ輝いて見えた。成美は同じステージに一人で立った事すらある。しかし、あの大人数のオーケストラの中で、座っているだけで凪には存在感があった。
「凪ちゃん!」
「成美! 待っててくれたんだ!」
成美は楽屋口で凪を待っていた。凪の姿がいかに輝いていたのかを伝えたかったのだ。
「凪ちゃん、夜ご飯も、一緒に食べに行かない……?」
成美は遠慮がちに聞いた。
「ああ……ごめん、旦那が待ってるからさ、明日も朝からリハで早いし……今日はちょっと疲れちゃったし、早く寝てまた明日に備えないと……」
凪が結婚したのは、五年前。成美も凪も三十になった時の事だった。凪は男とは長く付き合うタイプだったが、前の彼氏とは大学時代に合コンで知り合った別の大学の男で、二十歳の時から約八年間付き合っていた。成美も凪の彼氏の事はよく知っていた。しかし、社会人になると、凪はオーケストラだけでなく、他にコンサートを行う事も多かったので、不規則な生活。公務員として役所で働く彼とは、なかなかにすれ違った生活をしている事が長かった。八年もすると、二人とも冷めてしまったようで、いつの間にか二人の間の歪みは大きくなり、別離の道を選んだ。成美はすっかり、凪はその彼氏と結婚すると思っていたので、別れたと聞いた時には、極端に驚いたものだ。
一年ほど経って、凪はあっさりと高校の先輩であった安曇先輩と結婚をし、姓も
「そうだよね……ごめんね、明日も頑張って!」
「成美もだよ! テレビよく見てるからね! またいつでも連絡してよ、また会おうね!」
凪はいつも通り、笑顔でその場を去った。
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