私より知っている 第4話 手術、目覚め

 中は思ったより綺麗だな。咲良は先程までの不安がすっと消えていくような気がした。受付のお姉さんは明るく栗色の髪をしていて、とっても今っぽくて可愛い。先生と思わしき人も、すらっと背が高くて、大きく切長の目に細い眼鏡をかけていて、俳優さんみたいでタイプだな、と咲良は思った。二人とも精神科医と看護師には思えないくらいに、スライリッシュな感じがして、咲良には好感が持てた。

「和久井さん、お母様もどうぞ」

 咲良と咲良の母親は、診察室と書いてあるドアをくぐった。

「和久井咲良さん、今日はどうされました?」

 五名が尋ねると、咲良は発言に困って、言葉がスッと出てこなかった。すると母親が口火を切るように話し始めた。

「携帯依存症だと思うんです。この子、ひとときもスマホを離さないんです、夜も眠れていないみたいだし、最近は家族間で話す事も減って! 春から高校三年生になって、受験勉強も始まるので、このまま勉強に集中できないんじゃないかって心配になって!」

 母親は、息をつく間もないくらいに、つらつらと話している。

「咲良さん、あなたはどう思いますか?」

「……」咲良は答えることができない。

「先生、どうにか治すことはできませんか? このままでは健康状態にも支障をきたすと思うんです。もうスマホが鳴るのを待っているかのように、常に片手に持っているんですよ!」

「お母様のご意見はわかりました。咲良さん、あなたはどうですか?」

「……」

「確かに私も携帯依存症の気はあると思います。咲良さんはどう思いますか? あなたも治したいと思いますか?」

「咲良! ちゃんと言いなさい!」

「な、なおしたい……です……」

 五名は咲良の様子を伺っていた。咲良の心には、明らかに決まっていない。それもそのはずだ。スマホを無くしたら、咲良の世界は壊れてしまう。そのことを恐れているのだ。

「実は私は脳外科医なんです。私は脳の手術をすることで患者さんを治療しています。私の手術を受ければ、咲良さんの携帯依存症は確実に治すことができます。しかし、いかがですか? 決めるのはご本人ですよ」

「確実に治るんですか!? それはいいですね!」

 母親は五名の話に前のめりになって食いついた。クリニックを開業してから、母親同伴の患者というのを初めて見たが、まさか脳手術に食いついてくる親がいるなんて、なんともイカした母親がいるものだ。と五名は思った。しかし、本人の同意なしには、無理やり手術することはできない。

「咲良さん、どうしますか?」

「スマホを無くしても、私は私なのかな……」

「……? 当たり前じゃない! 何を言っているの!?」

 母親は説得するよかのように声を上げた。五名には、咲良の気持ちが手にとるようにわかる気がした。この子は、スマホを無くしてしまったら、自分がいらない人間になってしまうのではないか、という事を恐れているのだ。

「咲良さん、スマホの世界を無くしても、あなたの世界はここにあります。どうしますか? 手術を受けますか?」

「……お願いします……」

 咲良は俯きながら答えた。




「ありがとうございました」

 手術は思ったよりも簡単なものだった。二時間ほど眠っているうちに、全てが終わってしまっていたようだ。母親は、咲良が目覚めるのをずっとそばで待っていた。

 目が覚めると、いつものような不安感や、心臓の鼓動が早くなっているのを感じなかった。

「咲良、大丈夫?」

 母親は咲良の顔を覗き込むように見つめている。

咲良は何やら、頭の中がプラスチックのようになったような気がした。学生鞄を持ち、五名や山田に一例すると、クリニックのドアを自ら開けた。咲良は真っ直ぐ前を見ている。

「咲良、スマホ見なくていいの?」

「え、何が?」

「え! スマホ、いつも見てたじゃない!」

「ああ……そうか」

 母親は、咲良にスマホを手渡した。今までどうして、この小さな箱に執着していたのか全く理解ができない。咲良の心は、これまでにないくらい落ち着いていた。

 家に帰ると、部屋の電気をつけた。いつもより、周りが明るく見える。なんだか、久しぶりにしっかり自分の部屋を眺めているような気がした。スマホを開くとメールが来ている。会員登録している、コスメショップのクーポンが送られてきていた。意気揚々とメールを開く桜だったが、少しすると、スマホのブルーライトがキツくなって、手帳型のケースを閉じてしまった。

「咲良! ご飯よ!」

 母親が自分を呼ぶ声がする。咲良は何事もなかったかのように、階段をおりた。

「あら! 今日は早いじゃない!」

「そう? お腹空いてたから」

 母親は、少し安心したように、笑みを浮かべた。今日は咲良が好きな、カニクリームコロッケだ。父親と母親と、久しぶりに三人でテレビをつけて、笑い合いながら夕飯を食べた気がした。

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