絶対音痴 第5話 異変

 次の日から、悠馬は他のマイチューバーと同じように、有名ハンバーガー店の再現をするために、デリバリーを頼んだ。さっそく口にすると、悠馬は唖然とした。なんだか非常に奇妙な味がする。どうしても受け入れられないような味だった。今までここのハンバーガーは何度も食べた事がある。しかし、そんな風に思ったことは一度もなかった。ただただ妙な味しか感じない。

 何かに気づいた悠馬は、慌てて外のコンビニに走った。カップラーメン、おにぎり、いつもよく買うものを大量に買ってきた。どれもこれも変な味がするのだ。最近自炊か、いいものしか食べていなかったからか? いや違う。これは明らかにおかしい。悠馬はパッケージの裏側に書かれている原材料名から、知らないものをピックアップし、インターネットで調べてみた。

「まさか……これか……?」

 着色料、トランス脂肪酸、食品添加物の数々。直接健康被害は無いようだが、こんな味がするなんて……もう自分は二度とコンビニ食品や、ファストフードを食べる事は出来ないのか。

 我慢できるものではない、悠馬にとって、それは食べられるものではなかった。今更になって、自分はなんて体になってしまったのかと、あの手術をした事を激しく呪った。


 その日から、悠馬は開き直ったように、動画の投稿を始めた。この方法なら必ず再生回数が伸びる。確信していた。

「今日は、みんな大好きなランドバーガーのハンバーガーを再現してみたいと思います‼︎」

 悠馬は、いつもと同じように、バンズからパテ、丁寧に細かく調理をしていく。しかし、試食タイムになった時に、再現できていない事に気づく。なぜなら食品添加物の数々が入っていないからだ。悠馬は独自に調査した、食品添加物の名前と健康被害について、声高に語り始め、動画を終了させた。

 次の日、朝起きて、パソコンを開くと、いつもとは比較にならないとんでもない数の再生回数を記録していた。悠馬は胸の鼓動を抑えられなかった。自分はもう、今までお世話になっていたはずの、ジャンクフードを食べることはできない。それもこれも食品添加物なんて入れている方が悪いのだ。そのかわりに、これくらいの恩恵は受けてもいいはずだ。その日から、大手チェーンの食品を再現しては、食品添加物や、化学調味料の有無や危険性を暴いていった。そのうちに、大手チェーンだけでは飽きたらず、町の自営のレストランでも、何か奇妙な味を感じれば、添加物が入っているにちがいない、と再現動画を投稿し続けた。

 チャンネル登録者は瞬く間にウナギのぼり、再生回数もどんどん増えて、動画に広告もつけられるようになった。一週間後には、急上昇ランキングで上位に食い込んだ。しかし、当然の事ながら、アンチも大量に増えていった。初期の頃に、純粋に悠馬の再現動画を追っていたファンはもう既にいない。もしくは、アンチとなって、悠馬のチャンネルやSNSを燃やしに来ていたのだ。そうして悠馬は、炎上系動画投稿者としての地位を確立していった。




「明日帰るから」突然花からの電話があった。

「急にどうしたんだよ……」

「急に帰っちゃ困るわけ? 話があるから」

 今ようやく、動画投稿者として名が売れてきたというのに、こんな時にめんどくさいな。でも、子供たちに久しぶりに会える。悠馬はそんなことを考えていた。




「え。子供たちは?」

 花は一人で家に戻ってきた。案の定ものすごい音で鍵を開け、ドアを思いっきり閉めた。悠馬の声など耳に届いていないようだ。

「子供たちは実家に置いてきた」

「は? なんでだよ! 楽しみにしてたのに!」

「ねえ、あんた何やってんの?」

 花は何か、ものすごく軽蔑したような目で悠馬の事を見つめた。しかし、いつものようにヒステリーは起こさないようだ。努めて冷静でいようとしている。

「何やってんのって聞いてんの」

 悠馬は言葉が出てこなかった。花は悠馬をまっすぐと見つめている。悠馬が答えに困っていると、一度ため息をついて、花がバッグに手を突っ込んだ。

「離婚……しましょう」花がバッグに入っていた、記入済みの離婚届を悠馬に差し出した。

 それは、想定もしていない言葉だった。悠馬は、花との離婚を考えた事はあったが、花から切り出されるとは思っていなかったのだ。それに、あちらから切り出されるなんて、非常に癪な気がした。自分は何も悪くないのに。しかし、いざ離婚となると、踏みとどまってしまう自分がいた。

「待ってくれよ、どうしてそうなるんだよ」

「あんた、自分が何してるかわかってんの? そんな人と一緒に生活できるわけ無いでしょ」

「何の事言ってるんだよ……」

「嘘でしょ、気づいてないとでも思ってんの? 見てるわよ、マイチューブ」

 想定していなかったわけではなかったが、悠馬はばれたか、というような気持ちで、少し笑みがこぼれてしまった。

「あんなことをする人と子供たちを一緒に育てられない。私たちは人の親なのよ? それをわかってああいうことをやっているの?」

 悠馬は、いつものように、口をつぐんだまま花の怒りが収まるのを待とうとした。

「知ってるのか知らないのか、わからないけど、あんたのチャンネルSNSで大炎上してるわよ。あっちの企業に営業妨害で訴えられるかもね」

 悠馬は花の言葉に目を丸くした。そこまで深くは考えていなかった。いまさらになって、自分が何てことをしてしまったのだろうと初めて気づいた。

「あんたは、いつも周りが見えてないのよ。人の気持ちを考えられない。いまだに、どうして私が家を出たかもわからないんでしょ」

「わからないよ! 夫婦だったら、話し合うべきだろ! 俺だって、話してくれなきゃわからないよ!」

「聞こうとしなかったでしょ! いつも話そうとすると、接待だ、付き合いだって言って帰ってこなかったじゃ無い‼︎」

 花はついに、冷静さを保っていられないようだった。その後も、せき止めていたダムが決壊したかのように、叫び続けた。花が一通り言い終わると、悠馬は少し落ち着くのを待って、話し始めた。

「だいたいお前、生活どうするんだよ……専業主婦なんだから、子供たちを食べさせていけないだろう……」

「それは、心配しないで。もう仕事決めてきたし、実家で父と母が子供たちの事は見てくれる予定。もう少ししたら、保育園にも入れる予定よ」

「なんでそんな一人で全部決めるんだよ‼︎ 俺は絶対に認めないぞ‼︎」珍しく悠馬も声を荒げた。

「もう、あんたと話す事無いから。離婚届記入して送って。親権はもちろん私が持つ。嫌だったら弁護士使って。面会については、また後で話し合いましょう」

 花は言いたいことだけを言って、部屋を出た。


 花は、悠馬と過ごした家を少し離れたところで、電話をかけた。

「もしもし……お願いしたい事があるんです」


 翌日、悠馬が郵便受けを確認すると、なにやら怪しい手紙が入っている。封筒には、『内容証明』という判が押してあった。恐る恐る封をきって、中身を開けると、そこには、これ以上、そのような動画を投稿し続けるのならば、営業妨害の不法行為として、損害賠償請求する。とあった。

 悠馬は嫌な汗が流れてくるのを感じた。自分のした事は、思っていたよりも大事になってしまっているかもしれない。部屋に戻り、テレビをつけた。ニュースでは、大手ハンバーガーチェーンのランドバーガーが、異常なほどに膨れ上がったSNSの誹謗中傷により、株価が暴落し、釈明会見を開くという。コンビニチェーンも一部商品を自主回収すると言っているらしい。大手の食品会社が続々と経営危機にさらされている事を大きく報じていた。今報じられている会社は、全て悠馬が動画にした会社だ。

 悠馬は突然自分のした事の怖さを思い知った。たかだか何十本かの動画が、ここまで大企業を危機にさらしてしまった。この報いをどういった形で、自分は受けなければいけないのだろうか。さらに汗が止まらなくなった。その日は、一人で家にいる事が異常なほどに恐ろしくなった。花と子供たちは、もう二度とこの家に帰ってこないのだろうか。花がいなくなったことで、自分は人としての道を踏み外してしまったのだろうか。いや、その事に花は関係ない。これからどうやって生きていくべきなのか、悠馬はわからなくなった。マイチューブの自分のアカウントは即座に削除した。

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