絶対音痴 第4話 動画投稿者
今日も昼に食べた食事を家で作ろうと、悠馬はATMに向かった。通帳に記帳を行うと、だいぶ貯金も使ってしまった。それもそのはずだ。いつも花が節約をして家計を考えつつ食事を作っていたのに、ここ最近は毎日豪遊しすぎた。このままではレストランを開く資金がない。計画を変更しなければならないだろうか……悠馬は考えた。
家に戻ると、レストラン開業のための資金計画を練った。銀行から借り入れるにしても、あきらかに資金が足りない。パソコンを開いて、開業の仕方を調べていると、履歴に子供たちが見ている動画投稿サイト、マイチューブが出てきた。そこには、たくさんのマイチューバーたちが、『やってみた動画』を投稿していた。これの何が面白いのか、悠馬にはわからなかったが、一つ気になる動画を見つけた。
「みんな大好き! 人気ナンバーワンラーメン、再現してみた‼︎」
悠馬は、そこのラーメンは食べた事があった。
「えー、それは入ってないんだけどな……」「あれ! あれが入ってない……」
再現してみたマイチューバーの再現率の低さに、悠馬はげんなりした。なぜこんないい加減なレシピで再現してみた、なんて言えるのだろうか……そうか……これがある。これならレストランを開業しなくても、自分の才能を開花させる事が出来るかもしれない。
翌日から、悠馬はさっそくマイチューブのアカウント(名前はYOUMAにした)を作り、撮影を開始した。作る料理は、初日に作った、あのフレンチのスープ(後で調べたらポタージュ・ピュレというものだった)。一度作っているので、手順はわかっている。あの日手に入らなかったスパイスも用意ができた。慣れない手付きで、カメラをセットし、テンションを上げて、喋りながら撮影を終えた。標準装備のパソコンで、できる限り編集をし、マイチューブに投稿をする。
思った通り、再生回数は全く伸びなかった。想定していたとはいえ、少し寂しい気持ちになった。その後は、毎日一日一本動画を投稿するようになった。
五本目の動画で、初めてコメントがついた。
『YOUMAさんの動画通りに作ってみたら、本当にそのままそっくりで感動しました‼︎ これからも投稿楽しみにしています♪』
初めてのコメントに悠馬は心踊る気持ちだった。一人でも、自分のレシピで料理をしてくれたなんて、心から嬉しくなった。その一件のコメントを皮切りに、その後の動画にも、これまでの動画にも続々と高評価や、コメントがつくようになっていき、瞬く間に、悠馬のチャンネルは、多くの登録者、そして再生回数も伸びていくようになった。
花が実家に帰ってすでに一ヶ月が過ぎてしまった。毎日花と連絡を取り、子供たちの写真や動画を送ってもらっていたものの、さすがに、そろそろ迎えに行った方が良いのではないだろうか。悠馬は花の携帯に電話をかけた。
「……元気か? 子供たちも」
「ええ。あなたがいなくて、元気ハツラツよ。何の用?」
相変わらず、切れ味の鋭い言葉を吐いてくる。悠馬は電話をしなければよかったと思った気持ちを押し込め、優しい声で花に言った。
「悪かったよ、なあ、そろそろ、帰ってきてくれないか……?」
「あなた、なんで私が怒っているのか、わかってるの?」
「え……?」
「わかってないのに、私に話しかけてこないでよ! あなたは私の事なんて何にも見てないのよ!」
花は思いっきり電話をブチ切った。どうやらまだまだ帰ってくる気は無さそうだ。しかし、そろそろ話さなければいけない事もたくさんある。上の雪は来年から二年保育の幼稚園に入園する予定だし、下の涼は、この間一歳になったばかりだというのに、本当にひどい仕打ちだ。
悠馬は、もう花に頭をさげる事はやめよう、離婚になったらとことん戦ってやろうと決意した。
悠馬のチャンネルは、相変わらず好評だが、そろそろ再現する店も少なくなってきた。広告収入はまだ入っていないし、無名の店を再現したところで、再生回数が伸びるはずも無い。だからと言って、あまりに高級店ばかり行くのも、予算がもたない。悠馬は、今日再現する店を最後に、チェーン店を対象とする事を思いついた。有名マイチューバーはみんなやっている。自分の再現率がいかに高いのか、差をみせつけてやろうと思ったのだ。
最後に行く店は、このあたりでは、特に評判な洋食店。普段はランチも夜も行列が絶えない店であったが、新型感染症の影響で、完全予約制にしているらしく、今日ようやく予約が取れたのだ。
悠馬はいつものように、メモ帳片手に、意気揚々と店に入っていった。
バイトであろう、若い女の子が席まで案内すると、厨房の奥に、六十代くらいであろう気難しそうな親父の姿が見えた。
「あれが店主か……」
悠馬は、こんな気難しそうな親父の作る洋食なんて、絶対にうまいに決まっている。ウキウキしながら、レビューでも評判だった、この店の定番メニュー『ビーフシチュー』を注文した。
テーブルに料理が運ばれてくると、なんともいえない濃厚な香りが悠馬を包む。これはスプーンが止まる気配がしない。悠馬はさっそくビーフシチューを口にした。
濃厚なソース。非常に手が込んでいる事がわかる。時間をかけて煮込んだブイヨンと牛肉。ブラウンソースも火加減に気をつけながら、きめ細やかな味を作り上げている。セロリ、にんじん、玉ねぎ、にんにく、ローリエ。すべての甘みやコクが邪魔をせずに溶け込んでいる。しかし、悠馬は気づいた。何か不思議な奇妙な味がする。今までに感じた事のない味だった。悠馬に突然恐怖が襲ってきた。どこの店の料理にもこんな味は感じた事がなかった。悠馬はそれ以上、ビーフシチューを食べ進める事ができなかった。
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