あなた 第10話 横道久子の証言
・横道久子の証言
児童相談所預かりになっていた猫田ミサトが、私の営む養護施設にやってきた時、彼女はもう八歳になっていた。髪の毛はボサボサ、朱色の長袖のティーシャツを着て、目は鋭く切れ長の目をしていた。その姿はいささか、黒猫のように見えた。
ミサトは、本当に野良猫のような人間だった。何も話さず、周りの子供達ともコミュニケーションを取らない。何かちょっかいを出されると、平気で殴ったり、髪の毛を引っ張ったりする子だった。私は、児童相談所の担当者から、ミサトのこれまでの生い立ちを聞いていた。
ミサトの母親は、シングルマザーで、父親が誰かも分からないらしかった。母親は、最初水商売をしていたが、店の金を持ち出して解雇になり、その後は、店の客のツテをたどって、詐欺グループの受け子として生計を立てていた。しかし、ミサトが八歳になった時、母親は詐欺グループの親玉から、トカゲの尻尾切りに会い、余罪もたくさん出てきて、警察に逮捕された。ミサトも母親に受け子の手伝いなどをさせられていたようだった。しかし、ミサトには責任能力がなく、児童相談所がミサトを保護した時、ミサトの体には無数の傷跡があり、どうやら虐待も受けていたらしかったので、きっと母親に洗脳されていたのだろうという予測が立てられていたが、ミサトは一切口を開かなかった。
この施設にも、親から虐待を受けていた子供は何人かいたが、ミサトは確実に他の子供達とはまったく違う雰囲気を纏っていた。他の子供達からは、ミサトが、はさみで虫やねずみなどを殺しているところを何度も見たという証言を聞いていたので、注意をして見張っていたが、私が見ている時、そのような事をしている様子はなかった。
私は、彼女が施設に来て以来、たくさんのことを尋ねた。好きな食べ物、好きなおもちゃ、アニメ。しかしミサトは何も話さなかった。ただ一つ、朝ごはんにめかぶを出した時だけ、ずるずると食いついていた。
母親の所にいた時は、学校にも通っていなかったようなので、勉学は随分と遅れていたが、ゆっくりと教えていくと、すぐに覚えた。そのうち学校にも通わせたが、友達を作っている様子はどうやらなかった。しかし、成績は抜群に良かった。
ミサトはそれでもすくすくと育ち、里親が見つかることもないまま、施設で育っていったが、他の子供達と心を通わせることも、私に心を開くことも、最後までなかった。
ここで、私の罪を告白しなければならない。
私は、もともと暴力団組員の若頭の愛人だった。この施設は、その男に援助してもらった資金で立ち上げたものだ。しかし、私は、資金を援助してもらっている代わりに、里親の見つからない子供たちを、暴力団に送っていた。構成員になっていったのだろうが、その後の事を知る術は毛頭ない。資金援助のかわりに、子供を送る。長年そういった契約でこの施設を運営していったのだ。
ミサトが十歳になってすぐ、暴力団の下っ端構成員が、ミサトを迎えに来た。里親の見つからない子供は十五歳、ないし十八歳までは、施設で育つ予定だ。しかし、ミサトの母親が、この暴力団の下部組織である詐欺グループに属していたが、逮捕されてしまったため、ミサトは早くに連れ去られた。男がミサトを抱えて、車に乗り込もうとした時、ミサトは、その男の手を振り払い、初めて私に泣きついてきた。私はミサトを抱きしめながら言って聞かせるしかなかった。
それからも、私は進路の決まらない子供達を暴力団に送るたびに、ミサトの様子を聞いていた。ミサトは、その頭の良さから、十八歳にして、すでに新規事業の運営を任されていると聞いた。なんの新規事業かは怖くて聞く事はできなかった。
しかし、三ヶ月前、ミサトが突然行方不明になったらしい。運営は、ミサトの行方を追っているらしかったが、その頃から、私は、さらに激しく罪の意識に苛まれるようになった。こんな事が起きたのも、全て私のせいだ。私は、今いる子供たちを別の養護施設に送り、施設を廃業した。
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