あなた 第9話 横道学園

 認可された児童養護施設なら、役所に届出が出されているはずだ。蓮は青梅の役所に行ってみることにした。


「はい、横道学園ですね、三ヶ月前に廃業届が提出されていますよ、横道久よこみちひさこ子さんという方ですね」

「その人が、今どこにいるのかわかりますか?」

「いえ、そこまでは……」

「どうして廃業したんでしょうか……」

「横道さんが介護施設に入る……みたいな事は聞きましたけど……」

「そうですか……ありがとうございます」


 ここから自力で横道久子の居場所を探るのは難しいと感じた蓮は、ついに探偵事務所に頼ることにした。自分は、横道学園の卒寮生で、園長先生に会いたいという理由で、調査を依頼した。探偵は、ほんの数日で横道久子の居場所を割り出した。横道学園があった場所のほんのすぐ近くの介護医療施設に、住んでいるらしい。だいたいの事は分かった。きっと横道久子が全ての秘密を握っている。蓮はそんな予感がしてならなかった。


 那々子になんて話そうか——蓮は頭を悩ませていた。すべて話すべきなのか、もう那々子を東京によこすのは危険すぎるような気もした。しかし、那々子の人生の話しだ、話さないわけにはいかない。

 蓮は那々子に電話をかけた。

「那々子、体のこと、わかったよ」

「え! 本当⁉︎ どうだったの⁉︎」

「いや、直接話がしたい、伊豆まで行くよ」

 後日、蓮は伊豆に車を走らせた。




 那々子は伊豆の家に蓮をあげた。那々子の母親は、蓮を見ていつものように大げさに驚いた。

「蓮くん‼︎ どうして……」

「お母さん……蓮にはもう、一度会ってすべて話した」

 那々子の母は、状況があまり理解できていないようだった。わかりやすくオロオロとしている。

「蓮には、協力してもらってる事があって、信じてくれてる……よね?」

「はい。那々子さんの仕事の事で、少し相談に乗っていまして、お母さん、ご無沙汰しております」

「蓮くん……あの時は……本当にごめんなさい」

 母はまた涙を流した。

「お母さん、もういいから。私たち話しがあるから、部屋行くね」


 蓮は、那々子をもう一度まじまじと見て、不思議な感覚に陥った。しかし、那々子の部屋に入ると、そこは那々子の匂いでいっぱいで、やはりこの少女は那々子なのだと確信した。今更ながら、蓮は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。

 蓮は那々子に一連のことを話した。那々子は驚きながらも、冷静に蓮の話しに耳を傾けていた。

「じゃあ……この体は……詐欺師だったんだ——」

「確定した事ではないのかもしれないけれど、そうみたいだね……横道先生に会えば、彼女の人生がもっとよく分かるかもね」

「……会う」那々子は即答した。

「横道先生に会う」

「でも、那々子。これ以上知ってどうするの? 横道先生に会って、これ以上猫田ミサトの事について知ったって、那々子の人生には関係ないじゃないか。それよりも、東京には、もう来ない方がいいよ」

 蓮は那々子を案じて言った。しかし、那々子は考えを変えていないようだ。

「私は、那々子であって、ミサトなの。私がこの体をもらった以上、彼女の人生も背負うべきだと思う。どんな人生でも、どんな人間でも」

 そう口にしたものの、那々子は心底落ち込んでいた。今となっては、この美しい体がとんでもない悪人に見えてきたと思うと、気分が悪い。しかし、ここまで蓮に調べてもらったとあっては、最後までミサトの情報を追うべきだ、と那々子は思った。

「横道先生に会って、それで終わりにする。それ以上は、もう調べない」

「僕は反対だな……でも那々子がそうしたいなら、付き合うよ」

「……ありがとう」



 次の日、母には内緒で、那々子と蓮は横道久子を訪ねることにした。車は東京に入り、町を通り過ぎると、どんどんと緑や茶色い田畑が多くなってきた。

 那々子と蓮は青梅のさらに奥の方まで車を走らせると、山の上の方に、介護施設が見えてきた。随分と眺めのいい施設だ。東京の奥地にあって、街を一望出来るような山の上に建っている。ここに横道久子がいる。自分を知っている人間がいる。那々子は心臓がドキドキした。

 施設には面会のアポを取っていた。蓮が施設に聞いた話だと、久子は、すでに認知症を患っており、ほとんど話が通じないらしい。本当に話を聞けるのかわからない状態だった。それでも二人は、意を決して久子に会う決心をした。

「はい、横道さんなら、今外のルーフバルコニーにいらっしゃいますよ」

 介護士が那々子と蓮を外に案内すると、そこには、長い白髪を一つにまとめた、上品な女性が車椅子に座っていた。那々子は、その老婆を見て、自分の祖母に雰囲気がどことなく似ていると思った。

「横道さん、あなたのたくさんのお子さんの一人ですよ。会いに来てくれたんですって」

 介護士が話しかけると、久子はこちらを向いた。とても穏やかで、優しそうな顔をしている。しかし、那々子の姿が目に入ると、その顔が一変し、恐怖におののいたような表情をむけた。

「いやあああぁぁぁあぁ」突然久子が叫び出した。

「横道さん! 大丈夫ですよ、一旦お部屋に戻りましょうか」

 介護士が、久子を部屋まで連れて行ってしまった。何があったのだろうか。那々子は、余計に怖い気持ちになった。少し震えている那々子の肩を蓮が抱き寄せた。十五分ほどその場で立ちつくしていると、介護士が戻ってきた。 

「お待たせしてすみません、横道さんたまにあるんです。何かを思い出したように。今後輩の介護士に頼んできたんですけど」

「じゃあ、今日は、もう無理ですかね……」

 蓮が少しため息混じりの声で言った。すると、もう一人の介護士がこちらへ小走りで近づいてきた。

「あの、横道さん、会うって言ってます……」




「あなた、本当にミサトなの……?」 

 久子は那々子の方をまっすぐ見て言った。その目は、もはや認知症の人間とは思えなかった。

「あ……はい、そのようです……」

「どういうこと?」

「記憶がないんです。数ヶ月前に事故で頭を打って記憶喪失に……彼は、私の婚約者で……」

 那々子は、蓮と辻褄を合わせるために作った話をつらつらと話した。

「今までの事が思い出せないから、私がどうやって育ってきたのか知りたくて、ここへきました」

 なんだか片言のような喋り方で、那々子は言った。

「ミサト……本当にごめんなさい。本当に、私を許して、許して……」久子は涙を流しながら言った。

「横道先生! 私の過去、教えて下さい……お願いします!」

 那々子は久子に近づいた、すると、久子は那々子の顔に手を当て、涙を抑えながら話し始めた。

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