あなた 第7話 思いがけないところで

「高浜さん、お仕事中すみません、今夜ゆりちゃんを慰める会やるんで、できれば参加してもらえませんか?」

 大華堂営業部、きっての噂好きで有名な同僚が、仕事中蓮に話しかけてきた。ゆりを慰める会なんて、胡散臭いにもほどがある。何を企んでいるのだか、と蓮は勘ぐったが、その気持ちを抑えて優しく訊き返した。

「ゆりちゃん、どうかしたの?」

「いや、その……ゆりちゃんにこの間婚約祝い贈ったじゃないですか。結婚詐欺だったんですって……」

「え‼︎ うそ!」

「それで、頑張って仕事には来てるんですけどね……やっぱりかなり落ち込んでるみたいなんで。みんなでお酒でも飲んで酔っぱらわせてあげようって。高浜さんも来てくれたら、ゆりちゃんも喜ぶと思うんですよ」

「それは女子だけでやったほうがいいんじゃ……ゆりちゃん、男性不信にでもなってない?」

「それも考えたんですけどね、まぁ部のみんなが味方だよっていうことで」

「わかった、いくよ」


 蓮は本当に参加するべきか迷ったが、婚約発表をした時に、あんなに嬉しそうにしているゆりを見ていたので断ることはできなかった。自分も那々子が闘病中に突然婚約破棄になった時は、そんな話も出たのだろうか……あの時の自分は落ち込みすぎていて、周りも話しかけられる雰囲気ではなかったのかもしれない。そう思うと、それでも健気に職場に来て、頑張っているゆりは立派だなと思って、なんだか自分まで涙が出そうになった。




「いや、スピード婚だったし、お母さんが病気なんて、ちょっとおかしいなとは思っていたんですよ‼︎ でも、私めっっっっちゃ彼のこと好きになっちゃってたんで、心底信じ切っちゃって! 本当恥ずかしいですよ……みんなにせっかく婚約祝いももらってたのに、結婚式にも呼ぶ予定だったのに‼︎」

 ゆりは、ビールジョッキを片手に、顔を真っ赤にして泣きながら叫んでいた。このくらい元気に愚痴を言えるのならば大丈夫だろう、きっと時間が解決してくれる、と蓮は少し安堵した。

「ゆりちゃんは、素敵な女性だし、きっとまたすぐに素敵な相手に出会えるよ」

「高浜さん……高浜さんも、研究開発の一条さんに婚約破棄されたのに……! 優しい」

「人の傷はえぐらないでもらえるかな」

 蓮の言葉に誰も笑わなかったので、蓮は自分の婚約破棄が、部の中で、ゆり以上の大スキャンダルだったことに今更気がつき、恥ずかしくなって「さあさあ飲んで!」と、自分からゆりに追加のビールを注いだ。

「マッチングアプリってもう信じられないのかな……やっぱりそんな人ばっかりなのかなぁ」

「ゆりちゃん、彼とはマッチングアプリで出会ったの?」

「はい、そうなんです。実は、前に婚活パーティーで知り合った若い女性に薦められて。彼女まだ二十二だっていうのに、もう婚活とかしちゃってるんですよ!」

 ゆりは、蓮にその時の婚活パーティの写真を見せてきた。

「え……」

「この子です、綺麗でしょー。彼女にこのマッチングアプリを教えてもらって! 完全招待制で、男性は料金制で審査があるから、しっかりした学歴と年収の人しかいないっていうから、信じてたのにー!」

 蓮は目を疑った。そこには現在の那々子の姿が映っていた。どういうことだかわからなかったが、やはりこの少女が実在していたことは事実のようだった。あんなに探し回っていたのに、こんなところで手がかりがつかめるなんて——しかしそうなると、蓮も先日会った少女が本当に那々子なのか、疑わしい気持ちが芽生えてきてしまった。

「この子が、ゆりちゃんにマッチングアプリを紹介したの?」

「そうですよ?」

「その子なんていう名前なの? 何してるって?」

「高浜さんどうしたんですか? 知り合いですか?」

「いや、そういうわけではないんだけど……かわいい子だなって思って」

「もー高浜さんも、そういう若い子好きなんですねー、そこまでじっくり喋らなかったからなーマッチングアプリ教えてもらっただけで。たしか、かなみさんって言ったかなー、大学卒業するところで、この春から出版社に就職するって言ってたような気がします」

「どこの出版社だって⁉︎」

「いや、そこまでは言ってなかったですけど……え、高浜さんマジなんですか⁉︎」

「いや、ごめん、なんでもないよ。僕もそのマッチングアプリやってみようかな」

「え! やめた方がいいですよ! 何言ってるんですか、私がこんな目に遭ったのに‼︎ アプリが悪いわけじゃないかもですけど……」

「いや、そうだよね。でもほら、僕も婚約破棄されて傷ついてるんだよ、婚活でも始めちゃおっかなって思って。なんてアプリ?」

「いいですけど、これ招待制なんですよ。だから既に登録してる人から招待されないと、入れないんです。高浜さんがやりたいんなら、私が招待しますけど」

「よろしく頼むよ」

 蓮は、ゆりからマッチングアプリに招待してもらった。蓮は一体何を信じていいのか自分にも問うたが、今は愛する那々子のことを信じてみようという気持ちに切り替えた。自宅に帰って、そのマッチングアプリについてネットで調べてみたが、あまり大きな情報は得られなかった。何人か結婚詐欺に遭ったというレビューも見つけたが、そのようなレビューは、どうやら他のマッチングアプリにも起こりえているようだ。特段このアプリに限って結婚詐欺が横行しているようには感じ取れない。

 その後、ゆりに『かなみ』という女性について少しづつ訊いていったが、本当にマッチングアプリに招待してもらった以外のことは知らないようで、ゆりもこれ以上聞かれたくないようだった。しかし、この『かなみ』という少女がこのマッチングアプリに関わっていたことは間違いなさそうだ。

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