存在しない
熱川を見ると、見たことある顔の様な気がした。
「翔……?」
熱川はキョトンとした顔をする。
「僕は熱川 翔ですけど……? どうしました?」
…………あれ?
翔って熱川って名前だったっけ。
違う。東雲……東雲だ。
偶然なのか?
「偶然なんかじゃないよ」
声のした方を振り向く。
「直行……」
「そう。直行。東雲直行」
異様に長い刀を携えて、立っている。
「熱川翔。君の兄だったはずの人間だ」
「兄……? 僕は一人っ子だ……」
熱川は目を白黒させていた。
「うん、そうだろうな」
直行はため息を小さくつくと私たちに向かって一歩距離を詰めてきた。
「羨ましいよ。東雲から抜けられて。この世界では東雲から熱川が分家となっている。だから、私は産まれない。私を抜かして翔だけが産まれている。これがどういうことか分かるか?」
言葉を止めた。
風が吹き抜けて、私たちを揺らした。
微かな衣擦れの音だけが聞こえている。
「わからない? 分かっていても答えたく無い?」
熱川がゆっくりと首を振るのが見えた。
「私は要らない人間ってことなんだよ」
「そんなこと……」
「いや? 事実私はこの世界に存在できていない。だから私はここに来た。ここで存在するために。そうすれば、必然と私は必要とされる人間になれるんだよ」
直行が刀を振った。
一筋の黒い衝撃波が私たちの間を通っていく。
「優……君はここの世界でも、僕らの魔法の世界でも無いところから来た。完全に巻き込まれたな、とか思っているだろうか?」
刀がまた振られる。
熱川が横に飛び退いた。
「けれど因果なのさ。君は僕がどんな世界を覗いていても、必ず翔の近くにいる。君を翔が呼び寄せたのは偶然じゃ無い。それは、翔も分かっていたはずなんだ。君にしか、僕たち兄弟を止められないって」
私に向かって黒い光が飛んでくる。
避ける。後ろに立っていた木が倒れた。
「だから私が君を殺す前に呼び出そうとしたんだね。仲間にしようと……まぁ、さらに他の世界を巻き込んで君を殺すなんて思わなかったんだろうな」
雷を飛ばした。真っ直ぐ向かった雷を直行は刀ではたき落とした。
「この世界じゃ部が悪いね。ここは魔法も科学も存在する世界。まぁ、私が君たちを殺すからこれからどうなるか分からないけど」
黒い光に足を取られる。
思わず尻から転んで、強く尾骶骨を打つ。
痛い。
「だめだよ実際弱いんだから。使い慣れない魔法で戦うなんて無謀なんだよ」
やたらめったら雷を飛ばす。
すべて叩き落とされる。
直行の持つ刀が、ぬらりと光った。
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