転換

刀が空を切る音がする。

けれど何も私に触れなかった。


「兄貴……本気で殺す気なんだな……」


目の前に翔が立っていた。


「…………翔……」

「北見さん! 無事ですか!」


直行の後ろから熱川が見える。


「あれ……」


熱川がいる。私たちは意識だけを飛ばして、別の世界の同じ人間に乗り移っているのではなかったのか。


「意識だけを飛ばすのは大変だったからね。扉を開いて、ここまで飛んできた。僕はこっちの方が簡単なんだよ」

「よく言うね、翔。確かにそうかもしれない。けれど、帰るのも大変なんじゃないかい?」

「まぁね。けど、帰る予定は無いからさ」


翔は大きく手を引くと、その手の中には光の弓矢が握られていた。


「阿呆だね、お前は。そんな弓矢なんて原始的な形を模して、何が楽しいのか。ただの懐古趣味だろう」


直行の手のひらに黒い光が這う。それはどんどん大きくなる。


「優。もう一人の僕を連れて逃げろ」

「でも……」

「早く! ここにいても足手まといだ!」


光はどんどん大きくなる。

手を取られる。


「北見さん! 行きますよ」

「あ…………」


私たちは走り出した。


「この偽善者めが!」


直行の声が聞こえたが、振り返る間もなく熱川に手を引かれる。


「熱川……どこに……」

「研究室です!」


やたらめったら走り回り、直行が出てきたあの研究室に戻った。

魔法陣はめちゃくちゃに荒らされている。


「この魔法陣の効力反転することができれば……!」


熱川が魔法陣に飛びついた。


「な……なんで…………他の世界に行こうと……」


熱川はぐるりとこちらを向いた。大きく開けた瞳でこちらをギョロリと見ると、首を小さく傾げた。


「この世界が今日終わるからですよ」


そう冷たく言い放つと魔法陣に向き合った。


「え……」

「あの二人の力が最大限ぶつかったらこの世界は消える。その前に僕らは逃げないと……」

「で、でも! 他のみんなは……」

「助けられる暇なんて無いんですよ! 諦めてください」


熱川はそう言いチョークを手に取った。


「あぁ! 分からない。北見さん! あなたなら……」

「わ、分からないよ……………私魔法分からないし……」

「じゃあ、どうすれば!」


チョークを熱川は投げ捨てた。

二つにぱっくりと割れて部屋に飛び散る。


「あ……私が眠れば元の私が戻るはずだから……私は一度眠る……」

「そうしてください」


それ以降、熱川は私の方を見なかった。

私は硬い床に横になり、目を瞑った。

不思議なことに、すぐに眠気はやってくる。


意識の沈み込みを感じて、目を覚ます。

暗い世界を抜けると、本棚だらけの直行の部屋に出た。

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