眠り

ふと、机の上のマグカップに目が止まった。中には白い液体が入っている。

顔を近づけると、馴染みのある匂いがした。


「ホットミルク……?」


翔が飛び掛かってきた。


「ホットミルク!? ホットミルクって言ったか!」

「え……うん」

「兄貴は眠る時にしかホットミルクを飲まない。今、眠りについているのか……?」


顎に手を当ててうろうろと歩き回っていたかと思えば、急に顔を上げた。


「優、さっき車の中で眠ってたよな? 夢は見たか?」

「え……」


頭の中を掻き回すが、何も思い出せない。何か、夢を見た様な気もする。

首を捻って考えていると翔に肩を掴まれる。


「思い出せない? いいんだそれで。思い出せないってことが大切だ」


翔は私の額に手をつける。


「今から眠らせる。兄貴のかけたこの魔法はおそらく優しか効かない。僕も後から合流したいが、無理かもしれない。危険かもしれないがこちらにいてもあちらにいてもどちらにせよ危険だ。覚悟しろ。僕は精一杯の事をした。帰ってきたければ眠れ。向こうの世界の優の安全は保証できないが」


翔は一息でそう言ってしまうと、何かぶつくさと言い始めた。

呪文だな、と思った。

私の意見も聞かずに、魔法を唱えるなんて。でも、そうするしかない。

私は拳を握りしめた。


「しょうがない……」


口から溢れ出そうになる文句を押しとどめ、目をつぶる。

意識は深い闇の中に閉ざされ、そのまま奥へ、トンネルから抜けるように意識がハッキリとしてくる。


「……見……!! 北見さん……!!!」


目を開くと熱川がいた。


「熱川……」

「良かった……! もう目を覚まさないかと……」


身体を起こそうと手をつくと、右手に激痛が走る。

手の甲から皮膚が裂け、血がダラダラと出ている。


「あぁ……ごめんなさい……止血も出来なくて……」


傷に手をかざして、傷を塞ぐのを思い描く。

激しい痛みと共に傷が塞がるのが分かる。


「……え?」

「いいから。今追われてる?」


熱川はしばらく呆気に取られていたが、やがて顔をこちらに向けた。


「とりあえず振り切ったとは思いますが……」

「うん、戦う準備をしよう」

「え!? 戦うんですか?」

「うん、戦わないといけない」


指にはめた魔石を触る。しっかりとここにある。


「北見さん……なんで魔法を……それは僕たちの研究していた……」

「魔法の存在する世界にいたって言ったら信じる?」


熱川はポケットから黒い石を取り出した。黒曜石だ。

そういや、熱川は知っていたんだ。私は信じてなかったけれど、熱川の研究が正しかったんだな。


「魔術は……これで……?」

「そう。強く想像するだけ。やるしかないよ」

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