暗雲

「それで、これからどうする?」


ハナの目の前に食べ物が入った器を置いて、陸恩は言った。

犬の餌皿の様な容器にハナは顔を突っ込んで食事をしている。


「どうするも何も、逃げるしか無いんじゃ無い?」

「まぁ、そうなるよな……」


私はそこに合った椅子に腰掛けた。もう疲れてしまった。ひどい疲れが体を襲う。


「あ……! 優…‥その手」


翔の指差す先には私の右手があった。

床に落とした陶器みたいに大きなヒビが入っている。


「え? うわ、なにこれ」

「魔法銃で撃たれたんだ」


陸恩が駆け寄る。


「大丈夫。すぐに治すからな」


陸恩がひび割れに手を伸ばした。手の周りから、オレンジ色の光が放たれる。しかし、なにも起きない。


「な……なんで」


翔が私の腕を覗き込んだ。


「優が魔法石持ってないからだ。優の体には魔法が通らない」

「でも、魔法銃は通った」

「傷がついたのは外皮だからな。治癒は外皮の治療でも、体内に魔法をかけないと効かない」

「そう言うことなのか」

「じゃあ、はい」


海未は私に指輪を渡した。黒曜石のついた指輪。


「優ちゃん、これ使って」

「あっ……!おい、海未……!」


翔が指輪に手を伸ばす。

やはり魔法石を使わないほうがいいのかな。他の世界の私が使うのは、翔の言う通り魔法が暴発したりするのかな。

けれど、今この石を使わなければ私の腕はどうなってしまうんだろう。

左手の中指に、その指輪をはめる。その瞬間、激痛が全身を駆け巡る。


「あ……!!! 痛い、痛い……!!」


立っていることができず、膝から崩れ落ちる。痛み以外なにも分からない。頭の中にあったものが全て消える。全てが真っ白になる。


「大丈夫、今治すから」


陸恩の声が聞こえた。痛みが少しずつ引いていく。

目の前にオレンジ色の光が現れた。目を開くと、陸恩の顔がそこにある。

傷が閉じていく度、痛みも少しずつ薄くなっていき、最後には無くなった。


「よく頑張ったな」

「ありがとうございます」


ホッとして力が抜ける。海未がタオルを持ってきて額の汗を拭ってくれる。


「ご、ごめんね、私が指輪はめたから……」

「けど、いつかはめなきゃこの傷は治ってないので……ありがとうございます」

「そんなこと……」


翔が私の前に躍り出る。


「通魔してなかったから、痛みを感じなかったんだな、魔法が通った瞬間、魔法が身体に回って苦しくなったんだろう」


翔は私の上にしゃがみ込んだ。


「覚悟を決めないといけない。通魔するって事は、これから魔法を食らったら痛みを感じるってことだ」


私の頬をつねる。


「この痛みをだ」


頬に強い痛みを感じる。先程の痛みと似たような、言葉では言い表せない、痛み。

これが、これが、魔法の痛みなのか。

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