強奪

「早く出てこないと、命の保証は出来ないぜ」



それは歌を歌うように話す。おちょくっているようだ。

私が出ていかなければならないだろうか。私が出ていかなければ、皆、殺されてしまうのだろうか。私が犠牲になれば、皆助かるのだろうか。

私がいなくなれば、全て解決するのだろうか。

腰を浮かせた時、陸恩に腕を引っ張られた。

その目を見る。陸恩は首を振った。


「うわっ」


敵が声を上げた。

そして水音が続く。


「早く出て行かないと、命の保証はできないわよ!」


海未が右手を前に出して立ち上がっていた。

そうか、海未の魔法か。


「ふざけるな!」


怒号が聞こえた。引き金を引く音。

途端、世界が真っ白になる。


「こっちのセリフだよ」


翔も立ち上がる。

何が起こったか分からないままぼうっとそれを見ていた。

怖くなかった。あまりにも現実離れしすぎている。

映画やアニメのワンシーンを見ているようだった。


「優、こっちに」


陸恩が肩を組んでくる。


「静かに」


陸恩は唇に人差し指を当てた。

相手は二人に集中している。まだ私の事はバレていないようだ。


「あんたらの目的は?」

「お前らに関係ないね。早く異世界の奴を出せばお前らには何もしねぇからさ」


陸恩がそっと床に手をついた。


「異世界の奴? そんなの知らないね」


翔が一歩、歩みを進める。


「それ以上言いがかりをつけるのならその命は保証出来ないね」

「ふざけるな!」


風を切る音。そしてまた明るい光。

水しぶきが肩にかかる。

光が点滅して、世界がコマ送りの様だった。その中で陸恩は地面に伏せて何かしている。

全てが収まる。足元は水で濡れていた。


「とりあえず、大丈夫そうね」

「ああ」

「油断するな二人とも、とりあえずここを離れよう」

「うん」


陸恩は魔法陣の上に立ち、二人も同じようにした。


「しっかり立ってろよ」

「待て!」


黒い影がこちらに向かって飛んでくる。

翔が手を翻すと、黒い影は外の方へ飛んで行った。

陸恩はすかさず腕に力を込めた。

手を床に向けると魔法陣が白く輝き出す。

次に目を開けた時、見知らぬ部屋だった。


「よし、大丈夫だ」

「ここは……」

「俺の家だ。とりあえずここに来るしか無かった」

「魔法陣描きなれてるしな」


翔が陸恩の肩に手を置く。


「あぁ」


あくびの音が聞こえた。ふわりと。この空間には似つかわしくないような気がした。


「ハナ、起こしたか?」


奥の方にあるソファからひょっこり女の子が顔を出す。

十歳くらいだろうか。幼さを残す身体と顔だった。

陸恩は駆け寄りその頭を撫でた。

そこに彼女は頬を擦り寄せる。


「あれは……妹さん?」

「いや、ホムンクルスだよ。見て分からない?」

「翔、ホムンクルスもいない世界なんだよ、多分」

「あー……そうか」


私は首をひねった。


「ホムンクルスって、錬金術の……?」

「名前自体はそうみたいだね。錬金術なんで、まがい物の魔術、化学なんて物で作られているわけじゃない」

「ま、細かいことは置いといて、戦争時に作られた兵器って訳。今はただの愛玩動物だけどね」

「愛玩動物って……! 人じゃ……」


翔が首を振る。


「ホムンクルスはね、人じゃないんだ。僕らには分かるけど優には分からないんだね。人と、ホムンクルスは、明確に違うよ」

「声も出せない、思考も身体も人間で言う十歳頃の大きさから成長しない。それに、彼らは生まれた時からあの見た目だし、培養液の中で生まれる。人間じゃないんだよ」

「そんな……」

「そんな風には思えないだろ」


陸恩が声を上げた。


「ホムンクルスも、犬や猫と同じ様に人間と同等に扱われるべきだ」


私の背筋に鳥肌が立つような気がした。


「相変わらずだね、陸恩は。それはごもっともだよ。彼らは保護されるべきだ」


私は、ホムンクルスを人間と全く別物だと考えられない。

私の世界と変わらないと思っていたけれど、この世界に来てしまったことが、異常な事なのだと実感した。

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