陸恩と海未

ふたつの顔が覗く。

かなり大きな男と、華奢な女。


「ねえ、これどう言うことなの?」


女は私を覗き込んで興味深そうに眺めている。

なんだかむず痒い。


「新しいホムンクルスか?こんな成体を育ててたなんて聞いてないが」


男は顎に手を当てている。チラチラとこちらを見ながら。


「違う違う。平行世界から呼び寄せた」


翔は手をひらひらと振りながら否定した。

それを聞いて二人の顔は翔の方に瞬間的に向いた。


「平行世界から来たって言うのか?」


男が私の方を指さす。


「そういうことなんだと思う。昨日、急に魔法陣から現れた」

「すごい!それって大発見!」


女の方がぴょんぴょん飛び跳ねている。


「ちゃんと研究したらノーベル賞も夢じゃないよこれ!」

「いや、喜ぶのは早いよ。彼を返す方法が分からない。これは事故だ。実験の過程で生まれた別の結果だ。だからまず優先すべきは、優を元の世界に返すことだ。彼をこんなところに巻き込んでしまってはいけない」


誰も口を開かなかった。静かな時間だけが流れる。


「とりあえず、ダンボールから出てもらおうよ。このままじゃ腰痛くなっちゃうよ」


ね?と首を傾げて女が手を差し出した。


「初めまして。私は西岡 海未にしおか うみよろしくね」


その手を掴んで立ち上がった。


「あ、えっと、北見 優です」

「優ちゃん!よろしくね」


掴んだ手のまま握手する。


「俺は南里 陸恩なんり りおん。よろしくな」


男の差し出した手とも握手する。


「北見 優です。よろしくお願いします」


当たりを見回すと、研究所のような所だった。研究所とはここの事なのだろうか。


「そうだ、優には何も説明せずに連れてきてしまったんだったね」

「えぇ……何も言わないでダンボールに詰めてきたの? さすがにそれは配慮に欠けるんじゃない?」


海未が呆れた顔をした。


「優ちゃんも優ちゃんだよ。なんでダンボールに入れられるのか聞かないとダメじゃない」


その顔のまま海未はこちらを見た。


「あ……すみません。よく言われるんですよね」

「もう、次から気をつけなよ」


海未は笑った、人懐っこそうな、可愛らしい笑顔だった。


「それで……そうそう。僕が失礼なのは置いておいて、ここの説明をしなきゃだよね。ここは魔術加工の研究所なんだ。僕達は加工業の汎用化や、新たな加工方法の研究をしているんだ」

「ここは大学やらなんやらでは無く、一般企業の中なんだ。俺たちは加工業者の元で、加工を発明して、それを工場で使えるようにする。そんな感じだな」


翔と陸恩がまくし立てるように話す。


「はぁ……」

「あんまりピンと来てない感じ? 大丈夫?」

「あー……はい。いや、その、魔法の存在もまだ信じられないのに、魔術加工とか言われても、その、よく分からなくて……」

「えっ!? 魔法を知らないの!?」


海未が飛び上がった。陸恩も目をまん丸にしている。


「はい……その、私の世界には魔法が無くて……」

「え? そうなの? どうやって生活してるの? その着てる服とかはどう加工してるの?」

「あー……えっと」

「海未、質問しすぎだよ」


翔が制する。


「あ、ごめん……でも! 気になっちゃって」

「俺も気にはなっている」


二人の目が合計4つ。私の顔を見ている。


「科学の力で……」

「科学! そんなファンシーなもので生活しているの?」


海未は目を丸くして飛び上がった。


「それ僕も同じこと言った。何回も説明するのは面倒だから、今聞くのは止めてくれ。とにかく、優は魔法がない世界から来たってこと」

「えぇ……まぁいいよ。ただし!科学の話はあとでちゃんと聞くからね!」


海未がこちらを指差す。


「あっ……はい」


なんだかその話をすることになったら、長くなりそうだな。

いや、別に嫌では無いのだけれど。


「まぁ、魔法のない世界から来たってのは事実のようだな。科学で生活しているなど、嘘をつくにしてはあからさますぎるからな。普通はもっとマシな嘘をつくだろう」

「分かったかい? 二人が分かってくれたな らいいんだ」

「そうそう、魔術加工についてだったよね? 私に説明させてね」


陸恩と翔の方を見たら、二人ともなにか言いたげだった。けれど黙っている。翔なんかはため息までついている。


「魔法を使えるって言っても、誰でも使える訳じゃないの。能力や力に色々差があってね。だから、私たちは魔術加工を研究しているの。例えばこれ! このお皿なんだけど……」


海未は白い皿を取り出した。そしてそこに油のような物をふりかけた。


「ここにありますのは、油汚れギトギトのお皿! これ、洗うの大変なんですよね。でもご安心を! 軽く魔力を送るだけで……」


海未は軽く皿に手をかざした。

皿は新品同様、綺麗になった。


「ご覧遊ばせ! こんなにも美しく! これはもはや遥かなる雪原よりも美しい白!」

「海未、言い過ぎ」

「うるさい! 翔は黙ってよー! ほら、優ちゃんもやってみる!」


もう一度海未は油を皿に吹きかけた。


「ほら!手をかざして魔力送って!」


言われるがまま、手を皿にかざした。

だが、皿には一切変化がなかった。

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