魔石

「あれ?」

「そりゃそうだ。魔石を持ってないんだから」

「あー! そっかそっか、持ってないのか!」

「ま、魔石……?」


翔は胸元に手を入れて何かを引きずり出した。


「ほら、これが魔石」


黒い石の着いたネックレス。シルバーのチェーンがキラキラと光っている。


「私も持ってるよ」


海未は首を突き出した。ハーフアップにした髪の間から黒い石のついたチョーカーが覗く。


「俺のはこれだ」


陸恩は左腕をまくって黒い石のブレスレットを見せる。


「魔石……」

「そう、この黒い石が魔石。僕らの生活に欠かせない石」


翔はネックレスを服の中にしまい込んだ。


「なんぞや? という顔をしているね! ここは私が説明するね」

「よろしく」


翔はそう言って壁に並んだ本を眺め始めた。


「まず、魔法は魔石がないと使えないの。魔石があれば、こんなことも出来る」


海未は手の平をこちらに差し出す。

と、手の上に大きな水の塊が浮いた。


「すごい……」

「そうでしょ? 私何回も練習して、これを作ることが出来たの」


手を閉じると水の塊も弾けて消えた。


「魔力で新たな物を生み出すのは割と高度な技術でな。俺たちは研究者で、魔法を練習するのも仕事の内だから使えてしまうけれど、一般の人の中ではこういう能力を使える人はあまりいない。せいぜい魔法で物を浮かせるくらいだな。あとは基本魔術加工品に頼ってるような感じだ」

「そう。それに魔力で生み出すには想像力も大切でね、きちんとそれを想像しないと生み出すことは出来ないの。だから、練習してもずっとこの力を使えない人だっている」

「その点、俺らは幸運だったという他ないな」


陸恩が大きく頷いた。


「そうね。そうだ、話が逸れてしまったけれど、魔石についてだったよね。

「さっき見せたのが魔石だ。正式には黒曜石という」

「黒曜石? 原始時代ナイフとかに使っていた?」

「あぁ、そうだ! 黒曜石のことは知っているのか!」


陸恩は両手を広げた。身体が大きいせいか威圧感が半端ではない。


「あ……はい。刃物に加工するとよく切れるんですよね」

「そうだ。魔法によってな」

「魔法で……? 鋭いからではなくてですか……」


陸恩はきょとんとした。顔に似つかわしくなくて少し面白い。


「鋭いからというのももちろんあるだろうが、一番の理由は魔法が使えるからだろう。矢じりにも使われていたのは、マンモスなどを倒す時、俺たち人間は魔法を使って倒していたからという考えが一般的だ。俺たちは原始時代から無意識に魔力を利用していた」


それを聞いていた海未が横から口を出し始めた。


「まぁ、優ちゃんの世界では本当に違うのかもね。魔法が無いんだから。そもそも優ちゃんの世界は魔力の存在しない世界なのか、魔力は存在しているのに皆が気づいていない世界なのか。それは気になっちゃうけど、優ちゃんが驚くのも無理はないよ」

「そうか……」


陸恩は俯いた。


「陸恩は頭が固い所があるからね。私はそこも長所だと思うけど」

「ありがとう」


今度は顔を上げて礼を言っている。この人は案外感情の起伏がある人なんだな。


「そう、それでこの魔石なんだけど、私たちはこの魔石で魔力を媒介して魔法を使っているの。魔法を使う元になる魔力は、この空気中に無数に存在していて、それはそのままでは使うことが出来ないから、魔石を通して使っているって訳。分かりそう?」

「あー……いや、ちょっと。魔が多すぎて理解しにくくて」


そもそも魔法の存在すら危ういと思っているのに。そんな事を考えるような私が到底理解出来る筈もない。


「まぁ、魔石がないと魔法が使えないって認識でいいだろう。それだけ分かっていれば大丈夫だ」

「はい」


とは言ったものの、話の内容が頭に入ってきていないのが正直なところだった。


「魔石、余ってるのあるから後で加工屋さんで加工してもらおう。そうしたら魔法が使えるからね」

「いや、そんな事しない方がいいんじゃないか?」


本を閉じる音と共に、翔がそう言ったのが聞こえる。

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