浮遊するダンボール

「優!起きてくれ!」


肩を叩かれて起きる。

翔は目をぐるぐるさせながら私の腕を掴んだ。


「早くそこに入れ!」


何が何だかわからないまま押し入れの中にしまわれてしまった。

押し入れの中は隙間から一筋の光が差し込むのみだった。

翔の足音が遠ざかっていく。そしてインターホンの音。

翔と誰かが話している声がする。

そっと隙間から覗いてみる。

開いた扉の向こうに、長髪の美しい人。スーツをしっかりと着こなし、背筋は真っ直ぐに通り過ぎて行く。しばらくすると何か口を動かしながらまた扉の前を通り過ぎていく。


「いってらっしゃい!」


翔の大声が聞こえる。そして戻ってきた。


「ごめんごめん、兄貴が急に帰ってきちゃってさ」


押し入れの戸が開いて明かりが目に飛び込んでくる。


「優の事が見つかったらやっかいな事になるよ。兄貴、警察に勤めてるくらい真面目で厳しいから本当厄介でさ……」


その後も翔はぶつぶつ言いながら部屋を徘徊していた。

いや、というか私は来たのは運の悪いことに警察のいる家だったのか。見つかって、聞いたこともない法律違反だと言われて首でも吊られないだろうか。


「まぁ、大丈夫だよ。僕が個人的に怒られるだけで他の世界から来た人を罰する法律なんて無いからさ」


ちょうど翔がそう言う。私の方を見てにこりと笑う。


「はい、と言うことでここに入って」


ダンボールを差し出される。確かに人が一人入れそうな大きさだけれど。


「ここに入るんですか? なんで?」

「いいからいいから」


ダンボールに押し込まれる。そして蓋を閉じられてしまった。ガムテープで封をする音が聞こえる。

所々から光が差し込んでいる。小さな穴が見えた。だがあまりにも小さく、外の様子を見るのはできない。


「隙間とか小さい穴があるから大丈夫だよ。手とか指、穴から出さないでね」


本当に大丈夫なのだろうか。暗闇に押し込められるのは今日2度目だぞ。

どうするつもりなのだろう。翔が言うからと易々とダンボールに収まってしまったが、やっぱり信用しすぎてしまっていたのかもしれない。私は都合のいいように使われているのかもしれない。そういえば押し込められる前、ダンボールに精密機械と書いてあった気がする。私もこわれもので間違いないが、翔は何をするつもりなのだろうか。

まさか、私を精密機器と嘘をついてどこかに売り飛ばす気じゃ……!


「揺れるけど我慢してね」


ふわりと身体が浮く。いや、ダンボールごと浮いているのか。


「え、う、浮いてる?」

「ごめん、ちょっとの辛抱だから……暇なら寝ててもいいからね」


眠れるわけが無い。

苦情を言おうとしたが、ふわふわと揺れるダンボールに気を取られ、苦情を言うことなど忘れてしまった。

浮遊感に耐えていると、衝撃が走る。

その後バタン、と音が鳴る。きっとこれは、車のトランクが閉まる音。車が存在しているとすればだけれど。


「それじゃあ、出発するね」


静かにそれは動き出した。

タイヤで走る車と違う感覚。ふわりと浮かぶような。

ここでは浮いて移動するのがポピュラーな移動の仕方なのか?

車でも車じゃないにしろ、部屋からダンボールに詰められる必要性があったのだろうか。


「あ、東雲さん。おはようございます」


車は一旦止まった。男性の声らしい。


「おはようございます。よろしくお願いします」

「はい、社員証の提示ありがとうございます」

「ありがとうございます」


また車は走り出す。社員証?翔の勤め先に来たのか?なんのために?

そう考えていると車は止まってトランクが開く音。

またふわりと浮く。

そしてそのまま、足音と共に浮遊し続ける。

どこかに移動しているのだろうか。

不安が押し寄せる。翔は何故私に行き先を告げないのか。


「東雲さんおはよう」

「あ、おはようございます」


誰かの声に翔が返す。


「今日は大荷物だね」

「そうなんですよ。今日の研究に使うので」


研究?私はこれから研究されるのか?

そうだ。それなら辻褄が合う。異世界から来た実験体として、解剖されて、ホルマリン漬けにされるのだ。

助けを呼ぼうにも、ここで暴れてはリスクの方が高い。箱から出されるまで待たなければ。


「なるほど。魔法加工課も大変だね」

「まぁ、僕が好きでやっているところもあるんですが……」

「あはは、いいねぇ。その調子で頑張ってくれよ。次の商品も楽しみにしているからね」

「はい、ありがとうございます」


また進む。

あぁ、私の短い一生はここで終わるのかもしれない。身体を裂かれて全てを調べられる。

さようなら、私はここでさよならだ。


どすんと揺れる。もう浮遊していないらしい。

地面が近い。

テープが剥がれていく。

頭上からビリビリと音が聞こえ、激しい光に目が眩む。

その蓋が全て開かれて、外の世界が見える。


そこには、二つの顔があって、私のことを興味深げに覗き込んでいた。

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