2話:理想と現実

「つーか何これ。美化しすぎ」


 ジャージ姿で醤油せんべいを齧りながら、美園は大欠伸をする。


「全くだ。貧乳の分際で見栄張りやがって。一体何個のパッドを詰め・・・・・・」


 勇治のバカが言い終えないうちに、美園はせんべいをおでこに命中させた。


「変態が口挟むんじゃないわよ!」


 勇治は口の端をつりあげて笑う。


「お前に言われたくないね」

「ど~いう意味よ」

「何が才女でミスM高だ。補欠合格だったくせに。受かった方が奇跡だぜ。お前の受験シーズンはおたふく風邪が流行った年だし、受験できない奴らがたくさんいてラッキーだったな」

「ラッキーだって運よ」

「まぁそりゃそうだ。バカは風邪ひかないっていうし」

「あんたそんな性格じゃ彼女できないよ?」


 読んでいた新聞をテーブルに投げ出した勇治は、目を細めて美園を睨む。


「そんな心配は無用だ。俺には特定の相手がいるんだからな」


 そう言って、隣に座って勉強している庄司姉妹を見る。


 夏美は妹の宿題を見ている最中で、勇治の視線には気が付かない。妹・千秋も間違えた個所を消しゴムで消すのに夢中で、周りには目もくれない。


 勇治は夏美の方に少し身を寄せて、千秋のノートを覗き込む。気心が知れた2人ならではの距離感だ。


 ショートカットの髪を茶色く染めた夏美のヘアスタイルは、彼女の小さな顔を品良く際立たせるのに一役買っている。


 一方、妹・千秋は、まだ幼さの残る容姿でランドセルが良く似合う小学3年生だ。ポニーテールの天辺に大きなリボンをつけており、愛らしさが倍増している。


 世良田家の中では変わり者で通っている勇治も、見た目はイケメンの部類に入る。手足が長く切れ長の瞳をした夏美と並ぶと実に絵になっており、ため息が漏れるほどお似合いだ。

 

 勇治と夏美のカップルは学内でも評判の美男美女カップルだ。


「ちょっと千秋、また間違ってる」

「え~、だってぇ。お姉ちゃんの教え方が悪いんだよぉ」

「何言ってるのよ、おバカ」


 夏美がコツンと千秋の頭を小突いた瞬間、それが雄たけびをあげた。


「うぉおおおおおおおおお!!」


 美園と夏美はまた始まったといわんばかりに、ため息をついた。


「おい夏美。何てことするんだ。今コツンって音しただろ。コツンって!」

「うるさいわね」


 軽い気持ちとは言え、勇治の前で妹の頭を小突いたことに後悔を覚えた夏美だが、すぐに考え直す。


「自分の妹のおでこをつついて何が悪いっていうのよ」

「はぁ~!?」


 文字通り素っ頓狂な声を上げた勇治は、大きく目を見開いて夏美を睨みつける。


「いいか夏美!この年頃の女の子の頭は柔らかいんだ。簡単におでこがへこんだりするんだ。何が<つついた>だ、もっとデリケートに扱え!」


 そういった後、勇治は大慌てで千秋のおでこに手を当てる。


「ち~たん大丈夫? おでこ痛くないか?」

「うん。大丈夫だよ」

「ほんとに、大丈夫か?」

「うん」


 頬を蒸気させて微笑んだ千秋を見て、勇治は瞳を潤ませた。


「――きもっ」


 美園は呟いた。


 そう、確かに勇治と夏美なら最高に絵になるのだ。18歳同士、美男美女の健全な高校生カップル。


 けれど、それが勇治と千秋ならどうなる?


 変態男と、無垢な幼女。誰がどう見ても犯罪だ。その図式が今、目の前で成立してしまっている。勇治の愛しいお相手は幼馴染みの夏美ではなく、その妹・千秋なのだ。


 人は勇治の事をこう呼ぶ。



「――変態」

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