第17話 トラウマとの対話
ポジティブが8割、ネガティブが2割の、8対2の割合のポジティブとネガティブを併せ持つ人が成功するらしい。100%ポジティブな人より、20%ネガティブな側面を持っている人のほうが仕事で良い結果を出すと判明している。ここでちょっとネガティブな話題。ハカドルの過去話をしたい。
トラウマがある。高校二年生の夏。野球部を辞めたことが心の傷になっている。
25歳になった今でも、たまに夢に見る。野球部のメンツと活動し、自分だけ仲間外れなのだ。一緒に練習してもついていけない。
もし10年前に戻れたのならば、15歳の入学式に戻れたならば、ハカドルは絶対に野球部に入らなかっただろう。
当時、富山県の進学校に入学したハカドルは希望に満ち溢れていた。いっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いっぱい恋愛を楽しむ予定だった。とらドラのような恋愛がしたかった。漫画やアニメのようなラブコメがしたい、と高校一年生ながら夢を見ていた。しかし、現実は全然違った。なぜか小学校からやっている野球を、なぜか中学でも続け、うまいわけでもないのに、なぜか高校で野球部に入ってしまった。当時の知人のすすめで、入ってしまった。本当は陸上部に入って長距離マラソンを走る予定だったのに、なぜか野球部に入ってしまった。
なぜなのか? 一生の不覚だ。
野球部は県大会を一回戦突破がやっとという弱小ぶりだったが、当時、甲子園で21世紀枠というものがあり、候補に選ばれていた。甲子園なんて夢のまた夢だと思っていたのだが、21世紀枠の希望が出てきたことで、練習に熱が入った。たくさんしごかれた。それだけではない。挨拶やマナー、礼儀作法などを叩き込まれた。
21世紀枠とは、弱小でも甲子園に出れる権利のことだ。
ハカドルは一年生で軽いうつ病に陥った。授業中、寝ても寝ても寝足りないのだ。朝から午後までずっと寝ることなんてざらにあった。当然、成績はガタ落ち。
万年ビリのアホ野球部のできあがり。
15歳にして早くも人生が終わった。最低最悪の落ちこぼれの完成だ。
あの日あの時、本気で甲子園に行って東大に行ってユーチューバーになれると信じていた。まったく選択と集中ができなかった。
以来、ハカドルは周りに流される生活を選んだ。知人にすすめられたから野球部に入った。高校二年生、キャンプで他校と麻雀をして問題を起こし、野球部を辞めた。全然不良とかではなかったけれど、病気であったハカドルは健常者と同じことができなかった。だから授業中に寝てばかりの素行の悪い生徒に変わり果てた。最悪だ。親に言われて、予備校を決めた。家族に言われて、予備校を辞めた。二浪した。大学は親が決めた。ずっと他人の言いなりの人生だった。
人生は車の運転だ。一生使う、買い替えることのできない車に乗りながら、運転席に座るか助手席に座るかを決める。ハカドルはミサキに出会うまで、ずっと助手席に座る人生だった。他人のために生きる人生。そんな人生で楽しい? 自問自答した。
トラウマは10年たっても続いている。野球部で怒られすぎて感覚がマヒした。自己肯定感が下がり続けた。カースト下位のハカドルは障害者になり果てた。
25歳の今まで、ハカドルは苦悩し続けた。救ってくれたのは、ミサキだった。
「今日の授業を始めます」
サクセス・チルドレンとして成功を約束され、1億円の資産があるミサキは、そうは思えない普通の顔。色気のない地味な格好をしている。一般人が見たら貧乏に見える。金持ちなのに、ブランド品は一切身に着けない。どうしてか尋ねると、「一通りの贅沢を経験すると、みんな質素になるんです」と発言。
今日の授業はアドラーの嫌われる勇気だった。
衝撃的なフレーズをもらった。トラウマは存在しない、だ。
ミサキに野球部で起きたトラウマを話すと、彼女は、
「10年前に戻りたいですか?」
と意味深に質問してきた。
魔法の力で10年前に戻ることができる。しかし、そうすると、ハカドルは落伍者ではなくなってしまうので、ミサキに出会うことができなくなる。
じっくり10秒考えた。
野球部での挫折→落ちこぼれ→二浪→私大文系→留年→本との出会い→勉強が好きになる。このプロセスを通って今がある。もし野球部で挫折しなかったら、もし勉強をして富山大学の文系に合格していたら、今の本好きのハカドルはいなかった。
そもそもラノベ作家を目指したのも野球部を辞めて、うつ病で勉強に身が入らず、モバゲーで携帯小説を書き始めたからだ。だから、人生万事塞翁が馬。何が良くて何が悪かったかは分からない。
ハカドルは自信を持って答えた。
「野球のせいで大学受験に失敗したけど、おかげで本好きの勉強好きになれました。自己啓発書やビジネス書も100冊読めた。だから10年前には戻りません。今が最高に幸せです。野球部には感謝しています」
「そう、ならば、いいです」
過去のトラウマは簡単に消えない。今でも悪夢として野球部が夢に出てくる。でも、だからこそ、思い出を大事にしたい。当時、高校生だったハカドルは必死になって野球をやった。悩み続けた。悩んで悩んで選んだ答えが、1年続けた野球を辞めるという決断だった。
甲子園に行って東大に行ってユーチューバーになるという、あれもこれも夢を叶えることはできない。できるのは真の天才だけ。選択と集中。ハカドルは、1000万円貯める投資家になって、小説家になるのだと決めた。今度は助手席ではなくて運転席に座ることを選んだ。
幸福だ。だから成功する。今日、読んだ本で学習した。成功するから幸せになるのではない。幸せだから成功するのだ。
今、ハカドルは幸せだ。夢に向かって挑戦し続けている。自己肯定感も高い。
今日は、良い日だな。明日も良い日だな。ミサキに感謝の言葉を伝えた。
「本当にありがとうございます! 大丈夫です。幸せだから過去には戻りません!」
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