第15話 選択と集中

『同じことを繰り返して、違う結果を望むことを狂気という』

byアインシュタイン


 ミサキの授業を受け、ハカドルの生活は一変した。しかし、激務に耐えられずハカドルは熱を出してしまった。コロナウィルスが流行の最中、最初、のどの違和感を覚えた。のど飴を飲んでも治らなかった。次に、バイト先でくしゃみと鼻水が出るようになった。あまりにひどいので早退した。三日間、寝ても治らず、病院に行くと、車の中で待機を受け、電話で応答し、個室で問診を受けた。結果、コロナではなかったけれども風邪だった。※設定上2017年ですが、この世界ではコロナ流行中でハカドルは二度のワクチン接種済みです


 近くのドラッグストアに行き、お薬をもらって帰った。


 ミサキが見舞いに来た。


「申し訳ありません。ハカドルさん。私のスケジュール調整ミスです」


 ミサキは心から謝罪の言葉を口にした。彼女が言うには、ハカドルは無理をし過ぎたそうだ。


 確かに、今のスケジュールは大変だった。午前中は大学の授業。大学の図書館で本を借りて、一時間以上の読書。午後から四時間の本屋バイト。本屋で本を探して一冊買って、運動して、株日記をブログに書いて、宿題して、読書して、夕食をつくる。締めに、パチンコに行って、帰り、YouTubeで勉強し、就寝。たまに小説を書いた。


 書き出してみると。


・大学の授業

・大学の図書館の本を一冊読む

・本屋バイト

・本屋で一冊買って帰って読む

・一時間の軽い運動

・ブログ

・宿題

・家事

・パチンコ

・YouTubeで勉強

・小説の執筆


 月一回のインデックス投資は手間いらずなのだが、予定がぎっしり詰まっていた。ミサキの考えでは、無理がたたって風邪をひいてしまったらしい。確かに最近、午前12時前に寝ることが少なくなってきた。睡眠時間を削っていた。本を100冊読むよりも効果のある、大切な寝ることを、疎かにしてしまった。猛省する。家で本を読むかYouTubeを見るか、本の要約など勉強漬けの毎日だった。


 これはあれだ。――時間がない。


 充実した毎日だったが、体が先に悲鳴を上げてしまった。


 ミサキは警告した。


「ハカドルさん、もしあなたが高校生だった場合、甲子園を目指して、東大を目指して、ユーチューバーになることは可能ですか?」


 世の中には、野球部で甲子園に出場し、東大を受けて合格し、高校在学中にYouTubeデビューする猛者がいるかもしれない。しかし、それは二刀流の大谷翔平や将棋の藤井聡太なみの天文学的な数字で生まれる天才のみ。凡人や並のエリートでは無理な注文だった。仮にサクセス・チルドレンのミサキが男子高校生になっても無理だろう。


 ハカドルは少し考えて、不可能であることを告げた。


「……無理……ですね」


「ですよね。私だって甲子園に行って東大に行ってトップユーチューバーになるのは不可能です。それぞれが並々ならぬ努力のたまもので結果を出します。何が言いたいか分かりますか?」


「分かります。どれか一つに絞りなさい、ですよね?」


「正解です」


 ――選択と集中。


 どれかを成し遂げたいのならば、何かを捨てなければならない。ノーペイン・ノーゲイン。甲子園に行きたければ、東大とYouTubeの夢を諦めて野球部に入り、東大に行きたければ、甲子園とYouTubeの夢を諦めて勉強に専念し、YouTubeで成功したければ、甲子園と東大の夢を諦めて高校生活をエンジョイしなければならない。


 どれか二つの夢は併用できるかもしれない。しかし、三つの夢を同時に叶えるには無理があった。


 ハカドルに必要なのは、やらないことリストをつくることだった。


・大学の授業

・大学の図書館の本を一冊読む

・本屋バイト

・本屋で一冊買って帰って読む

・一時間の軽い運動

・ブログ

・宿題

・家事

・パチンコ

・YouTubeで勉強

・小説の執筆


「ハカドルさん。この中で一番優先順位が高いのは何ですか?」


「パチンコです」


「では一番優先順位が低いのは?」


「本屋でのアルバイトです」


「そうですか。きっぱり言いますね。仕事をやめてください」


「はい」


 ハカドルは少しだけ後悔したが、将来、本屋の書店員になりたい訳ではない。小説家になりたいのだ。成功して金持ちになりたいのだ。株で1000万円をつくるという目標を立てたのだ。


目標。

・思う存分パチンコをする

・小説家になる

・インデックス投資で1000万円貯める


 この三つに絞った。選択と集中だ。


 パチンコをやるには月10万円必要だ。小説家になるには、毎日自己啓発書やビジネス書を読んで、小説も読んで、ラノベも読まなければならない。インデックス投資で1000万円を貯めるには、積立NISAで上限ぎりぎりまで入金しなければならない。


 いずれも難しい。しかし、無理そうな目標ではなかった。現実的なものだ。


 ミサキはアドバイスをくれた。


「アマチュアの小説家ならばすぐになれます。小説の投稿サイトで自分の小説を投稿すればいいのです。有名になったら電子書籍で発表しましょう。200万円あれば自費出版できます。夢はどんどん広がりますね!」


「はい、ありがとうございます」


 ハカドルは三ヶ月で本屋のバイトをやめた。給料は全部で20万ちょっとだった。そのうち、10万円は本代に費やし、残りの10万円はパソコンとブログのレンタルサーバー代、ドメイン、テーマを買うのに使った。


 選択と集中。選択と集中。選択と集中。


 天才でもない限り、何かを得る前に何かを捨てなければならない。


 ノーペイン・ノーゲイン。


 ハカドルのスケジュールは簡略化され、風邪も治った。


・大学の授業

・本屋で一冊買って帰って読む

・一時間の軽い運動

・ブログ

・宿題

・家事

・パチンコ

・小説の執筆


目標。

・思う存分パチンコをする

・小説家になる

・インデックス投資で1000万円貯める


 目標を手書きで紙に書いて部屋の見えやすいところに貼った。思考は現実化する。カラーバス効果により、パチンコと小説と株の情報がどんどん集まるようになった。

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