第10話 ギャンブル依存症がパチプロになるということ
「無理無理のかたつむり~」
冗談はさておいて、ハカドルはパチプロになることを否定した。確かに知り合いにスロットの兼業で生計を立てている人を知っている。しかし、それは遊んで暮らしているというよりも過酷な労働に身を費やしているといった表現が的確だ。楽しんでいなかった。淡々と期待値を追ってレバーを回し続ける作業に近い。
遊びでやっているハカドルと仕事でやっているパチプロの知人とでは差があった。だからこそ、年間で30万円負けるハカドルと年間で200万円勝つ兼業の知り合いとでは、大きな差ができてしまうのだろうけれども。毎月、コンスタントに10万勝ったり、20万勝ったり、するのは不可能の様に思えた。今月だけで7連敗。10万円以上負けている。
「パチプロなんて無理ですよ。第一、資金力がない。軍団を作るコミュ力もなければ、釘や設定を読む力もありません」
1%の勝つことができる人種、パチプロ。なり方は分かっていた。スロプーなら、設定456を使うお店を調べ、朝から並んで、10万円以上用意し、朝から晩までぶん回す。パチプーなら、1000円で22回以上回る台を見つけ、子を雇って、二人以上で、朝から晩までパチンコをぶん回す。パチンコとは期待値を積むゲームだ。スロットなら設定4以上、パチンコなら、ボーダー以上の台を朝から晩までぶん回し、期待値を積む。それだけだ。その簡単な作業ができなかった。
「俺は遊び打ちしてしまうんです。趣味打ち、とも言います。遊び打ちして、結局は一回も当たらず、1万か2万無くなったら撤退します」
ハカドルと違ってプロはすごい。海物語か北斗無双のボーダー以上の台が見つかると、10万ないしは20万持って台に張り付く。パチンコで1000回転当たりなしの5万ストレート負けをしても、まだ打ち続ける。ハカドルは200回転くらい打ってやめることがざらにあった。
パチンコで負ける理由。もう明白だ。
「俺はお金がないんです!」
うう、と悔しがった。
10万円もしくは20万円用意できれば、一日中パチンコ屋に入り浸る事ができた。でもハカドルのお小遣いは、6万円と親の借金だ。そこには、本を買うお金や食費も含まれる。貧乏なハカドルにパチプロは、やっぱり無理だった。
ミサキは怒った。
「じゃあ、死ぬんですか? 死ぬまでパチンコを打ち続けるんですか?」
そうかもしれない。ハカドルは諦めた。プロになるのも振り払い、ギャンブル依存症を治すのも逃げた。もう、養分として、パチンコ屋に通い詰めるしかなかった。
「もういいです。俺は一生負け組だ。自己肯定感も低い。死にます」
「諦めるな!」
ミサキが怒鳴った。泣きながら、「死にます」と呟いたことが原因だったのかもしれない。とにもかくにも出会って以来、ミサキの怒り顔を初めて見た。
「生きることを諦めないで、ハカドル。道はまだまだあります。パチンコ屋でバイトしたっていい、パチンコメーカーで働いたって大丈夫です。ブログやYouTubeでパチンコを発信している依存症患者もいます。何通りもあります。道は開けるのです!」
「YouTubeで配信……小説で執筆という手もあるな……」
その考えはなかった。小説家にだってギャンブル依存症はたくさんいる。有名なのはドストエフスキー。ギャンブル狂で借金生活のロクデナシだったと記されている。賭博者という小説を生み出し、窮地で、罪と罰を書いた。
ミサキさんは言った。
「そうです。小説家志望のハカドルさん。明治や昭和の文豪は、飲む、打つ、買う、のいずれかをする廃人が大勢いました。ハカドルさんのギャンブル依存症だって立派な武器じゃないですか? 書いてくださいよ、パチンコ小説を……」
「うん、うんうん。そうだ」
年間30万。7年間で210万損した。ギャンブル依存症で、親から200万円の借金をしている。そんなハカドルでも、いや、ハカドルだからこそ書ける小説がある。ギャンブル小説だ。世の中の人が何と言おうと、パチンコやスロットの小説を書き続ける。それがハカドルの天命に思えた。
無駄じゃなかった。ギャンブルでぼろ負けして死にたくなった絶望した経験は無駄じゃなかった。神(ミサキ)がハカドルに、「書け」と言っている。
「書いてください、ハカドルさん。そして、稼いでください。浪費癖と賭博癖を武器に、ギャンブル小説を書いて世の中の人を驚かせましょう」
人生はつらい。ハカドルはギャンブル依存症に苦しんでいる。しかし、生きることだ。どんな苦難がやってこようとも、未来に希望を抱き、自分自身を信じるのだ。ハカドルはギャンブル小説で年収1000万円を稼ぐと誓った。
――生きる。
ハカドルがミサキから受け取ったテーマであり、メッセージでもあった。
生きている限り、きっといいことがある。老衰するその日まで、人生は素敵な事の連続でできている。どんなにつらく、苦しくても、生きていればいい。生きることは最強で、死ぬこと以外、かすり傷なのだ。
ギャンブル小説を書くと決めたハカドルは、ミサキにお礼を言い、パチンコ屋に向かった。しかし、貧乏で、お金がないので1万円負けて帰ってきた。つぎの宿題は、ギャンブル費用、俗に言う、娯楽費を稼ぐことだった。
ミサキは電話でこう伝えた。
「毎月10万円、年間120万円負けれるように娯楽費を稼ぎましょう。それがハカドルさんの宿命です」
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