第9話 旅に出る

 ミサキとの兼六園デート翌日。


 ハカドルはデートをドタキャンした。


 パチンコ屋に行った。3万円すって帰ってきた。




 負けた、負けた、負けた。


 ハカドルは人生に負けた。ギャンブル依存症を克服しようと数日間、頑張ってみたものの無駄だった。親からお金が入金された瞬間、イベント日と新台入れ替えが重なった途端、行きたくて行きたくて、うずうずした。しかも、あろうことかミサキとの大事な約束をしたデートを断ってしまった。


 ギャンブル依存症は恐ろしいもので、人に嘘をついたり、人に借金したりを平気で繰り返してしまう。一生、治らない病気だ。治療中でも、一度、気をゆるめパチンコ屋に行ってしまうと、再発し、金がなくなるまで無限に散財してしまう。


「エヴァの新台が出ました。それで仕方なく行ってしまいました」


「いくら使ったんですか?」


「3万負けました。一回も当たりがこなかったです。運が悪かったんです」


「今月、いくら負けたんですか?」


「10万負けました。このままだと、今月20万負けそうです」


 今月の20日。残り10日もある。ハカドルは、パチンコやスロットに使うお金を、月に2万円までと決めている。しかし、ひどいときはゆうに10万円を超えてしまう。


「ハカドルさん、また行くんですか?」


「エヴァの新台の当たり演出が見たいんです。当たるまで行き続けます。あと2万あれば当たるはずです」


 パチンコ屋さんは、よくできていて、毎月2回、新台入れ替えをする。お客さんは新台がでるたびに演出を見たくなり、結果、毎月2回以上通ってしまう。それがストレスで、あ~だこ~だ、暇だから、あ~だこ~だ、と理由をつけては毎日通うようになり、破産する。ギャンブル依存症とは、ケツの毛までむしり取られる残酷な運命を背負い者。


 ミサキの目が冷たい。デートを断ってパチンコ屋に行ったのだから当然だろう。弁明の余地はない。ハカドルは素直に謝った。これが末期のギャンブル依存症になってくると、平気でうそをつき、人を殴り、財布から金を盗むのだ。


「ハカドルさん。上位10%の人間になる方法をご存じですか?」


「いえ、知りません」


「パチンコやスロットをしないことです」


 パチンコやスロットはお金の無駄だ。99%の人が勝てないようにできている。しかし、周りに1%のプロが知り合いにいると、自分も勝てるのではないか、という錯覚にとらわれて、ギャンブル依存症が激しくなる。どんどん負け続ける。お金がもったいないが、何より、パチンコやスロットは時間がもったいない。金と時間の無駄。そう本には書かれていた。


 ミサキは残酷な真実を告げる。


「成功者になりたければ、パチンコ屋に行くのをやめてください。それだけで半分の人間に勝てます。これで上位50%。次に通勤電車でのソシャゲをやめてください」


 ハカドルは、ぎくりとする。パチンコに7年で210万円使っている。年間30万円。ソシャゲには100万円使っている。


 ミサキは、いかにパチンコやソシャゲ課金がくだらないものかを説明した。


「ソーシャルゲームの課金をやめるだけで半分の人間に勝てます。パチンコをやめ、ソシャゲをやめ、これで上位25%。残りは何だと思いますか?」


「Vチューバーにスパチャですかね?」


「違います。毎日勉強すること。社会人の一日の平均勉強時間は6分というデータが出ています。毎日一時間以上勉強することで、半分の人間に勝てます」


 パチンコ屋に行かない、で50%。ソシャゲ課金をしない、で25%。毎日勉強する、で12.5%。この三つを守れば、日本人の上位10%に入れるのだそうだ。


 ミサキは怒っていた態度を改め、誉め始める。もう起きたことを怒ってもしょうがないといった感じだった。


「ハカドルさんは毎日読書しています。ライトノベルだけじゃなくて、自己啓発書やビジネス書を一時間以上読んでいます。それは大変素晴らしいことなんですよ。確かに、パチンコを理由にデートを中断されたことはイラっときました。でも、ギャンブル依存症はつらい病気です。そこはゆっくり治しましょう。あと、自己肯定感だけは無くさないでください。自分は毎日勉強できて上位50%の人間なんだ、と自信を持ってください。自己肯定感を高めてポジティブに生きるのは、幸福になる秘訣です」


 ミサキの言葉に少しだけ救われる。


 ハカドルは自己肯定感が低い。


 ちょっとしたことでパチンコ屋に行き、すぐ2万とか3万とか負けてしまう。今月もすでに10万円以上負けている。死にたくなった。絶望した。自分は社会から必要とされていない、屑なんじゃないだろうか、と本気で思い、認めてしまった。自分は屑だ。ろくでなしだ。苦しくて苦しくて死にたくなる。特に、親から借りた金で打つパチンコは、負けた瞬間、みじめな自分の顔がパチンコの暗い画面に映り、泣きそうになる。


 自殺も近い。ハカドルは、また泣いた。


「ごめんなさい。本当にごめん」


 泣いて泣いて誤ったことを謝った。土下座した。


 ミサキは、泣いているハカドルの頭をなで、解決策を練った。


「コペルニクス的転回ですね。考え方を180度変えましょう。プロになるのはどうですか?」


「プロ?」


「はい、パチンコのプロ、パチプロです。パチンコで稼いで食っていきましょう」

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