第6話 勉強、行動、継続
挨拶もそこそこに、ミサキの授業が始まる。ハカドルの勉強机で、椅子を出し、家庭教師の様に横に座る。ほのかに女性特有の甘酸っぱさとアロマの香りを感じ、興奮する。ひそかに、だ。
ミサキの講義はある一冊のノートにまとめられていた。その名も、
――人生攻略。
なんとも壮大な名前のついたノートだ。人生が攻略できるものなら、ぜひ、してみたい。けれども、小中高と18年間生きてきて、二年浪人して、25歳の大学五年生までダメダメだった。今までの生き方で決して人生が成功できないことを知っている。もし仮に、人生をRPGゲームのように進むのならば、なぜ、俺には彼女がいない。なぜ、俺には精神病を治す回復魔法がない。なぜ、俺には金がない。あるのは浪費家としてギャンブル依存症を背負った凡人の俺のみだ。
「ハカドルさんは人生を攻略したいですか?」
「はい、したいです。彼女が欲しい。健康になりたい。金がほしい。でも、どうすればいいか分かりません」
「安心してください。ハカドルさんはギャンブル依存症を治療中じゃないですか。その調子なら、パチンコをやめるどころか、人生だって攻略できますよ」
「そうですか……?」
治療して、まだ一日目だ。今日は大丈夫だった。しかし、夢にパチンコを打っている自分がでてきた。脳汁がどばどば出て、ドーパミンがマックスだった。完全にやばいやつだ。いつか犯罪を起こし、人を殴り、金を奪い、誰かに迷惑をかけるかもしれない。ギャンブル関連で刑務所に入るのは、まじでごめんだった。
ハカドルは涙を流した。昨日、今日、会ったばかりの女の子に泣き顔を見せるのは恥ずかしいが、それほど人生に追い詰められていた。精神的にまいっていた。もう就活どころじゃない、社会に出て働きだしたら、死んでしまうかもしれない。何もかもが怖かった。
「お願いします。俺の人生を攻略してください」
「はい、お任せください」
人生を変えるには、大事な事。その人生攻略ノートの初めには、こんなことが書かれていた。
『人に会う、本を読む、旅をする』
「ハカドルさん、人生を攻略する一番大事なことは、“誰かに影響を受ける”ことです。昨日、ハカドルさんの身辺調査を行いました。ラノベ作家になりたい、と。素敵な夢ですね。でもこのままだったら悲惨な人生になるのは確実でした。大学を留年し、ギャンブル依存症を持ち、家族に200万円の借金があります。そこで、まず初めに、人に会いましょう、本を読みましょう、旅に出ましょう」
「え? そんなことで人生が変わるのですか?」
凡人という言葉がある。凡人とは、誰の言うことも聞かず、アドバイスを聞いても行動せず、努力を始めても継続しない。凡人は、習慣がないのだ。ハカドルは凡人型だった。だから、ミサキの言うことが信じられなかった。逆に天才や楽しめる人は、勉強・行動・継続の三点セットを習慣化している。
ミサキは、ハカドルにノートの書き写しを促した。マザー・テレサの名言である。
思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。
マザー・テレサの一説。思考から人生が変わり始める。
「いいですか、ハカドルさん。あなたは“人生が攻略できます”。絶対に変われます。楽しくなります。そうですね、課題を出しましょう。一週間後でいいです。昔の友達でも何でもいいから、一人と会ってください。本を毎日一冊読んでください。金沢の行ったことのない場所を旅してください。人に会う、本を読む、旅に出る、の三つを継続してください」
人に会う、本を読む、旅をする。この三点セットが、人生を変えるきっかけになるとミサキの授業で習う。
確かに、最近は大学とスーパーとパチンコ屋の往復だけで、それら三点セットをしていなかった。本を読むにしてもラノベ作家を目指しているので、ラノベばかり読んでいた。違う本を読まなければ、とミサキに教えてもらった。
最後に、ノートの書き写しを行った。
大切なのは、
――勉強する事、行動する事、継続する事。
勉強・行動・継続の習慣化だ。
勉強はインプットを指す。人に会って話をしたり、本を読んだり、旅に出て知識を吸収する。いずれにしよ、いろんな分野を勉強することだ。行動は、インプットした成果をアウトプットする場。知識を他人に教えたり、実際に起業したりと行動するのだ。最後は継続。習慣化は、ミサキが毎日来てチェックすることで強制的に習慣化している。
習慣化が苦手な人は、環境を変えるのがベスト。例えば、ダイエットしたい人は、ジムの会費を払い、パーソナルトレーナーに予約し、人と会う約束をする。そうすることで面倒なジムが、強制力を持つ。他に、執筆したい作家志望だった場合、一応、ハカドルもラノベ作家志望なので言うが、作家はどうしても書けない時が来る。そうした場合、場所を変えるのだ。毎朝、近くのカフェで執筆するなどルーティーン化しておけば執筆がスムーズになる。
ミサキが帰った後、ハカドルは、まとめを作った。
『人に会う、本を読む、旅をする』
思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。
勉強・行動・継続。
まとめは、こんな感じ。
話は変わるが、ハカドルは、ふっとため息をつく。作家になれば、みんな修羅場を経験する。修羅場とは、一日で三万文字書くことだ。ハカドルは1000文字で一時間かけて書いている。三万文字なら、30時間必要だ。絶対に無理だ。なぜなら一日は24時間しかない。しかし、プロは違う。プロはありえないスピードで、三万文字をこなしている。まさに化け物。仮に、ハカドルの執筆スピードが1000文字30分だったとしても、三万文字で、15時間かかる。
プロになるとは、そういうことだ。
原稿依頼を何個も受け、一日の半分以上を書くことにあてるモンスターなのだ。
今のハカドルは、趣味で一日1000文字、1時間、と決めて書いている。それがプロになれば、30倍だ。執筆時間を半分にして1000文字を30分で書かなければならない。すごくつらい世界だ。しかし、そのつらい、プロのラノベ作家に、ハカドルはなりたいと思っていた。
「凡人のままじゃダメだ。天才になるんだ。凡人のままじゃダメだ。天才になるんだ。凡人のままじゃ……」
延々と呟く。
苦節7年。いつまでたっても一次選考を突破することはできなかった。
ミサキに教えられた気がする。ずっとラノベばかり読んで、毎日1時間しか書かない作家がプロになれるはずがない。18の頃から7年頑張った。しかし、成果が何一つ出なかった。すごく悔しかった。
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