第9話

 声が聞こえたのは石段上。鳥居の下に、寒さに頬を赤くしたおばさんが立っていた。


「あ、あはは……こんにちは……」

「こんにちはぁ!元気そうで何よりだわ」

「えぇ、まぁ……それじゃあこれで」

「あぁちょっと待って!ほらこれ!」


 またか……


 おばさんは軽快とは言えない足取りで石段を下り、白い息を吐きながら私の目の前へやってきた。

 先日に引き続き、無理やり手に乗せられたものを見ると、何やら白い指輪のようだった。


「ゆび、わ?」

「これはね、風神様の誓文石と言ってね。風神様が人身御供の娘に誓いの品としてあげた物なのよ」

「はっ、え!?そんな貴重な物受け取れません!」

「あぁ心配しないで。これはレプリカだから。うちの神社で神話に倣って作ってるのよ」


 おばさんは手を振りながら、あっははと陽気な笑い声を上げている。

 手のひらでコロコロと転がしてみると、白濁した色が夕日に照らされて輝いた。

 それを見てあの小玉のことを思い出し、そういえば、と口を開く。


「あの、お聞きしたいことがあって」

「あら、何かしら。なんでも聞いてちょうだい」


 笑い声を収め、ニコニコという効果音が良く当てはまる笑顔を見せるおばさんは、優しそうを通り越して少し怖くもある。

 仮面のようにその笑みを崩さないせいかもしれない。


「私の家に、風神様の神球っていう小さな玉が届いたんですけど……御神体って書いてありましたし、もしかしたらこの神社のものなんじゃないかって……思って……」


 指輪から視線を上げると、おばさんの表情がみるみるうちに暗くなっていく気がした。

 思わず言葉もしりすぼみしてしまう。


「さあ……うちの物じゃないと思うけれど。別の神社じゃないかしら?」

「でも、この近くで風神様を祀っている所ってここしか」「知らないわ」


 食い気味に否定され、ハッとする。

 おばさんの表情はただ暗いのでは無く、私に対して厭悪えんおの感情を向けているのだと勘づいた。

 根拠も心当たりも無いが、何となく。


「そう、ですか……すみません」

「いいえ、大丈夫よ。もう遅くなるから気をつけてね。最近は、不審者も出るっていうから」

「……はい。失礼します」


 薄く口端を上げるようすは、さながらおかめだ。


 もう、あの神社には行かないようにしよう。あの人に会いたくない。というより、あの人のいる所に行きたくない。


 足早にそこから去る私を、慌てて追いかけてきた夜柑くんが見上げて言う。


「姫様!先程は何を受け取られたのですか?なにやらボクはとってもひかれます!」

「ん?あぁ、なんでもないよ。気にしないで」


 ぴょんぴょんと跳ねてアピールしてくるが、それどころでは無い私は適当にあしらってしまう。

 先程のおばさんの薄ら笑いが脳裏に張り付いて離れない。思い返す度、体の芯が冷たくなっていくようで気持ちが悪い。


 尾っぽを垂らした夜柑くんが未練がましい目をしながら私の顔を覗いてくる。


「そうは言っても……姫様?どうされたのですか、随分と顔色が優れませんね」

「そう?夕日のせい……かも……」


 言いながら、次第に視界がぼんやりしてきたことに気がついた。頭の中で重く鐘が鳴っている。


 あ、駄目。やっぱ倒れそう――。


「姫様!?」


 甲高く私を呼ぶ声を他人事のように感じながら、前のめりになる体を支えようともせず、倒れていく浮遊感に身を預ける。

 スローモーションのようで不思議な感覚だ。視界の端に映る真っ赤な夕日が眩しい。


 ――あれ、これ、前にも……どこかで……

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