第8話
あの後、風は少しやることがあると言ってどこかへ行ってしまった。
「え、もしまたあれが襲ってきたらどうするの!?」
「暫くは来ないだろうが……まあこうなってしまった以上、断言は出来ないな。夜柑!」
「ははっ!」
どこからともなく現れた夜柑くんが、私と風の前に平伏す。
「柊の護衛を」
「承りました」
「それじゃあ、また後でな」
「え、ちょっ、」
待って、と伸ばした手は、空を切っていた。
あんなに心配したような素振りを見せておいて、そんなにあっさりと去れるか、普通。
いやアイツは普通じゃないのだ。考えるのをやめろ。
「はぁ……」
「あのう、姫様。今朝のことは」
「あぁ、もういいのよ。第一、夜つ柑くんは悪くないし」
「いえいえ!ボクが余計なことを口走ってしまったばっかりに!」
ぺこっとご丁寧に頭を下げる夜柑くんは、さながら幼稚園児のようで可愛く思ってしまう。
幼稚園児こと夜柑くんを抱き上げ、私は教室へと向かった。
教室内では、突然走り出した私と、その後唐突に教室を飛び出した風の話題で溢れていた。
流石にその中に入っていける気もせず、今は廊下のドアに背を預けて話を聞いている。
「てかさー、あの西塔って青川くんとどういう関係値なのか知りたくない?」
「転校生なのにやけに親しいってことは、やっぱり元から知り合いなのかも」
「でもでも、最初自己紹介してたよね?」
「青川、西塔狙いなのかな」
「え゙、まじ!?いやいやいや無いって。流石にセンス疑うわ」
「俗に言う陰キャ?だっけ」
「そーそー。まあゆーて俺らも陰キャ側ではあるけど」
「一緒にすんなし」
「青川くんに告りたーい!」
「うそ初日で?」
「まさかこんな田舎にイケメンが来るとは思わないよねー」
「天使。神様。青川様」
こんなところだ。
「ひ、姫様?大丈夫でございますか?」
腕の中から心配そうに見上げてくる神獣くんに笑いかける。
「大丈夫。まさか私が話題の中心になる日が来るとは思わなかったけどねぇ」
「宜しければ、ボクが話題を変えて来ましょうか」
「え?いやいやそんな気使わなくて良いって!」
もう一度、大丈夫、と笑いかける。
そうですか……とあんまり悲しそうに耳を垂らすので、やっぱり頼めばよかったかと考えていた時。
「おい!そこの女生徒!始業時間五分前が分からんのか!」
怒号が廊下の先から飛んできた。
ばっとそちらに顔をやると、山田先生が肩を怒らせてこちらに歩いてくる。
まさか、まさか。
私に向かって来てる…………
「姫様!ぼ、ボク、なにか心臓がドキドキします!体が固まってます!」
「で、でしょうね……山田先生だもの……」
そう小声で呟き、少しでも怖くないようにと、しっかり夜柑くんを抱き直した。
「お前、名前はなんだ!」
「西塔 柊です」
「入学時から散々言い続けただろう!始業時間五分前には教室内で静かに自席にいるようにと!二年にもなってそんな状態でどうする!」
あーあ、うざーーい!
今まで目をつけられないように必死に隠れて生きてきたのに……
「第一に、名前を聞かれてクラスも言わんとはどういう神経をしてる!そのポーズはなんだ!」
「はい、すみません」
山田先生に怒られた時は、とりあえず丁寧に謝っていればすぐに終わる、というのがこの学校での共通意識である。
(ちなみにこれは、卒業してこの学校に教師として戻ってきた先生からの教えだ)
夜柑くんを抱き抱えながらも怒られないくらいに自然なポーズになるように……私のお腹あたりまで腕を下げた。
「――分かったら教室に入れ!」
「はい、すみません」
最後に一礼し、教室の中へと入る。既にクラスメイトたちは席について静かにしていた。
先程までビビり散らかしていた夜柑くんは、私の腕から抜け出て風の机に飛び乗ると、そこで陽に当たりながら気持ちよさそうに寝始めた。
私を守るためにいると言うのに、呑気なものだ。可愛さに免じて許す他ないが。
学校が終わってからも、私の周りを好き勝手にトコトコ歩き回るものだから、車に轢かれたりカラスにつつかれたりしないか気が気ではなかった。
私を守るどころか私が守る側になってしまっているでは無いか。
「ねえ、夜柑くん……」
「はい!なんでしょう姫様!」
「あの、それはあんまりやらない方が……いいかと……」
頭の上にハテナを掲げている彼がいるのは、今朝、覡の青年が必死に掃き溜めた落ち葉の山。
どうやら綺麗に片付けたらしい彼の努力が、一匹の無垢な聖獣によって水の泡にされてしまったようだ。
「姫様、外の世界とは楽しいものですね!」
「それなら良かったけど……外の世界ってどういうこと?」
「だってボクたちは、ずっと扉の中で過ごしていましたから!封印が解けずに数千年……やぁ苦しかったですねぇ」
封印――?
「ねぇ、封印って……」
「あらっ!椿のお友達ちゃんじゃない!」
本当に、大事なことを聞きたい時に邪魔が入る!!
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