第5話

「こんにちは、西塔 柊さん。柊ちゃんって呼んでもいいかな?」


 く、口調が現代的になっている……


「なんですか、私はあなたのこと知りませんけど」

「僕、君とたくさん話したいな。せっかく前後の席になったんだし」

「青川さんでしたっけ?私は気軽に仲良くするつもりはないので」


 しっかりなりきるつもりらしい風さん(怒りでしばらく呼び捨てになっていたが、そんなに親しくないことを思い出した)は、周囲の視線も気にせず、後ろの席の私にニコニコと話しかけてくる。


 元々の席をイケメンに取られた男子は、注目を集める転校生を恨めしそうな顔で観察していた。


 ふと、風さんは小声になって私に囁く。


「だって、君もあの化け物に遭遇して吸収されたくはないだろう」

「それは、そう、ですけど……だからといって、今朝のこと許したわけじゃないですから。大事なことは何も伝えないで、何が守るですか」


 眉を下げながら、顎に手を当てて悩む素振りを見せる。


「うーん……だって君の知りたいことは、僕の口から告げていいものじゃないからね。君が自分で知っていかなきゃいけない」

「なんですかそれ。納得いきませんけど」

「僕からは君の納得のいく回答は返せないと思うんだけど……」

「じゃあ関わりたくないので話しかけないでください」


 手元の文庫本に目を落とす。

 ねぇねぇ、と諦めずに話しかけてくるのをシカトしていると、クラスメイトがざわつき出した。


「あの子風斗くんと知り合いなのかな」


「えっと……名前なんだっけ」

「西塔さんじゃなかった?」


「なー、女子アイツに目いきすぎじゃね?」

「でもすんごい綺麗な顔してるよな……女子みてぇ」


「俺、風斗くん好きになりそう」

「おまっ、彼女いるだろ!?」


「西塔って感じ悪くない?」

「人の話無視するとかうちらよりウザくね?」


 あーー、斉藤さんで溢れていた朝の会話が、風さんと私一色に塗り替えられてしまった。

 最悪だ。


「おーい、授業始めるけどー?」


 数学の教科担が声をかけると、生徒たちはわらわらと自分の席につき始めた。


「お、転校生君だな。名前は……」

「青川 風斗です。よろしくお願いします」


 また笑顔を振りまいている。


「イケメンだなぁ。俺が彼女に立候補しようかなー」

「ふふ、僕にはもう契りを交わした相手がいるのでごめんなさい」


 先生は風さんの言葉を聞き、へぇ!と感嘆の声を漏らした。


「婚約者とはまた珍しいなぁ。もしかして青川くん、どっかの御曹司だったりする?」

「いえいえ、一般家庭ですよ」


 私の家がな。


 というか、契りを交わした、とか言うセリフを前にも聞いた気がする。


 ――古の契りを果たすべく……


 脳内に、風さんの声が再生される。

 てことは、相手は私ということにならないか。


 頭が痛い……



「青川くん!私、宮村 奈々って言います!」

「私は堀 愛海!」

「佐川 美奈子です、よろしく」

「あぁ、みんなよろしくね」


 昼休みが始まって早々、机の周りを囲まれた風さんは、嫌な顔ひとつせず一人一人の自己紹介を聞いている。


「俺は河北!こいつらは伊藤と木村」

「よろしくな〜」「よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 珍しく男子も集まって来ているところを見るに、この綺麗な顔に引き寄せられてきたんだろう。


 まるでカブトムシと樹液のようだ。確かそんな歌があった気がする。


 風さんの机の周りに人が集まるということは、必然的に後ろの席の私にも被害が出るということ。

 それを見越した私は先手を打ち、黒板前で本を読むフリをしながら観察していた。


「みんなの名前を一度に覚えられるといいんだけどね」


 頬を人差し指で掻きながら控えめに笑う彼を見て、この瞬間どれだけの人間が恋に落ちたのだろうか。


 目がハートになっている女子に気づいているのかいないのか。

 ふとこちらを見た風さんは、手を振った。


「柊ちゃん!」


 私に向けて。


 あああああもうやめて!!!!!!


 疾風のごとく教室から駆け出し、みんなの冷たい視線から抜け出す。

 人に注目されるのは苦手なのだ。やめてくれ本当に。


 校舎の端にある非常用玄関に来たところでやっと足を止める。息があがって苦しい。


「……っはぁ、はぁ……もうやだ」

「柊?」


 背後から悪魔の声が聞こえる……


「どうした、そんなに慌てて教室から出ていって」

「あ、あんたのせいでしょうが!!」


 バッと勢いと怒りに任せて振り向く。



 ――――目の前に、底なしの闇が広がった。

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