第4話

「なに、なんかあった?」

「え?別になんもないけど」

「ふーん……じゃあなんでそんなにイライラしてんのよ」


 仕方なくリビングで制服に着替えていると、姉ちゃんが鋭く指摘してきた。


 ホントのことを言う訳にもいかないので、何となく誤魔化すが、姉ちゃんは疑いの視線をやめてくれない。


 朝ごはんの後、部屋へ戻ってみたのだが、風も夜柑くんもいなかった。


「なんでもいいけどさ、クッション殴んのはやめてくんない?潰れるって」

「あ、ごめん」


 手に持っていたクッションをソファへ放り投げると、弾んで床に転がった。


 丁寧に直しながら時計を見れば、そろそろ家を出る時間だ。


「行ってきまーす」

「はいよ。気ぃつけて〜」




 相変わらずの厚い雲で空は覆われ、秋晴れはいつまで経っても訪れない。

 秋雨前線の長雨によって、落ち葉は絶えずひんやりとした湿っぽい匂いを発していた。


「くしゅっ。あーさむ……」


 もふもふとしたマフラーに顔半分を埋めながら、体を震わせる。

 分厚いコートを着ていても足りないのなら、何を重ね着すれば良いのだろう。

 下着か?ヒートテックか?


 お気に入りのレザースニーカーの乾いた足音も、今はただ寒さを増加させているように思えて仕方ない。

 遠くから神社の鐘の音も聞こえてきた。あぁ寒い。


 その鐘の音に合わせて、何度か聞いたシャンッとした音も、脳内で繰り返される。

 丁度もうすぐ、あの神社が見えてくるだろう。


 百メートルほど道なりに歩を進めると、予想通り、昨日と変わらずどっしりと腰を据えた神社が見えてきた。


 立派な大鳥居の朱色も、このあいにくの曇り空の下ではくすんで見える。


 その鳥居を通って飛ばされてきた落ち葉が、アスファルトの上にカーペットを作っていた。


 ざかざか音を立てて進んでいくと、げきの方が箒を手に、途方もない作業をしていた。

 ここを全て掃いたとして、一体何時間かかるのだろう。


「おはようございます」

「お、おはようございます」


 まさか話しかけられるとは思っておらず、ぎこちなく挨拶を返した。


 あの人も、斎藤さんの親族なのだろうか。

 外見的には活発で気力のある若者といった感じで、兄だと言われても何ら疑問は抱かない。


 そんな他愛のないことを考えながら神社の前を通り過ぎていくと、少し先に自転車に乗った生徒や、けらけら笑いながら複数人で歩いている生徒がいた。


 通学路は主に四つ。私のように神社を通るルートと、その直前で曲がる住宅街ルート。

 学校を出てすぐにこちらとは反対側に行く繁華街ルートと、その道から少し逸れる脇道ルートだ。


 私の印象では、こちら側に来る生徒は全校生徒の半分以下であり、神社までとなると更に半分以下になる。

 特に友達もいない私にとっては、一人で静かに登校できる最高のルートであるが、この道を通りたくなくてわざわざ遠回りする生徒だっている。


 逆に、斎藤さんと一緒にいたくてこちらにくる生徒もいるのだが、そういう生徒がいる時は、私は少し待ってから帰る。

 なぜなら大抵複数人いるので、いちいち騒がしくてかなわないのだ。


 陰キャの私にとって陽キャのノリは、ただただ目障りなものでしかない。


「ねぇ、見てあの人」

「え、どの人?」

「あそこ。私の指さしてる先見て」

「……あぁ、あのキャップ被ってる男の人?」

「そう。めっちゃイケメン」

「うわぁほんとだ顔良」


 私の少し先を歩く女子二人組が、きゃあきゃあと騒ぎ立てている。


 そこまで言われると、全く興味がなくとも気になってしまうのが人間の性というものだ。


 朝日から逃げるために下げていた頭を上げ、逆光の中にその人の姿を探す。


 向かいの道に、それらしき人影を見つけた。


 黒いキャップを深々と被り、そこから金髪を覗かせている若そうな男性。

 逆光に遮られて顔までは確認できなかったが、確かにモデルでもやっていそうな風貌だ。


 黒づくめのその出で立ちにドキッとしたが、まさか昨日の男ではないだろう。


 心の中で気のせいだと言い聞かせながら、再び視線を下に落とした。


 腕時計の針は、8時10分を指している。





 ――嘘じゃん……


 あれから40分後。


「えー、今日からこのクラスの一員になる、青川 風斗くんだ」

「みなさんよろしくお願いします。ぜひ、気軽に風斗と呼んでくださいね」


 爽やかな笑顔を咲かせる転校生――という設定の風が、教壇付近に立っていた。

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